Case4 明神 朱雀 20歳♀【回答】

 前回の森繁さんの家とは打って変わって、今度の顧客、明神朱雀の家は港区の表参道おもてさんどうだった。

 我が社『スピリッツ・エージェンシー』は、市ヶ谷いちがやになので近い。地下鉄を一回乗り換えるだけだ。


 近いのは良いが、心の準備が整わない。ただでさえ一人立ちのデビュー戦で緊張しているのだ。

 しかも、相手は年下の女子。そしてギャル。

 この手の高額な貸付の債務者層らしからぬタイプの顧客。換言すれば、それだけ一筋縄ではいかない曲者かもしれない。

 今回の被憑依者は明神さん本人。一方の憑依者は生者で、女性芸人らしい。テレビをあまり見ないわたしでも知っている有名人だ。


 明神朱雀について調べた。人気カリスマモデルだからか、Mikipediaで彼女のページがあった。身長は158 cm、出身は大阪。特技はメイクと、独学で学んだマジック。それ以外は、経歴が浅く、大した情報は得られなかった。


 バラエティ番組にも最近出はじめているらしい。あるゴシップ系の情報サイトでは、TPOに応じたトークスキルが光っていて、相手が芸歴30年クラスの芸人でも、国立大学の名誉教授でも、ハリウッドで活躍する大女優でも物怖じせず、最もその場ごとに求められている話術を繰り広げることができる。ゆえに、いちばん頭の回転の速いギャルではないか、とも噂されているらしい。


 わたしは、最近の若者よろしくあまりテレビを観ないのでよく知らない。でも、彼女の宣材写真を見る限りでは、まさしくギャルだった。しかし、カリスマと評されるだけあって、かなりの美人でもあった。スッピンでも相当キレイなはず。


 そんな二物も三物も与えられ、波に乗っているギャルが、何で他人の魂を欲しているのかが、やはりよく分からない。

 むしろ、わたしが明神さんの魂を拝借して、一日モデル体験してみたいくらいだ。一流カメラマンの被写体となる気分とか、テレビスタジオでイケメン俳優と共演する気分ってどんな感じなんだろう。

 そんな羨望にまみれた感情を抱きながら、ついに彼女の自宅マンションに着いた。表参道から徒歩8分ほど。タワーマンションではないが、なかなか重厚なオートロックがお出迎えするマンションだ。

 売れっ子なら、あまり家にいないのではなかろうか。そもそも、わたしのような一般人に応対してくれるのだろうか。そんな心配が頭をよぎるが、予想に反して女性の声がインターホンから聞こえる。


 やや慌てて、社名を名乗り用件を伝えると、意外にも「入って」と開けてくれた。


 内装はピカピカの綺麗なマンション。賃貸なのだろうが、新築のようにも思える。

 職場から1時間半離れたところにあるわたしの安アパートとは、格が違っている。

 エレベーターで10階まで上がり、ドアホンを鳴らす。

「はーい」とドアをあけるやいなや、「めっちゃ可愛い! マジあげみー!」とギャル語でお出迎えされた。「ねー、入って入ってー!」

 出てきたのは、確かに『igg』に登場しそうな派手で露出の多い服を着たギャル。しかし、最近のトレンドなのか、肌は白く清潔感も兼ね備えている。

 そして、さすがはカリスマモデルと言うべきか、女でも見惚みとれるほど美人だある。写真で見るよりもずっと。

「いや、延滞料の支払い手続きの説明に来たので、ここで結構ですよ」

「そんなこと言わんと、入って! ほら!」

 回収人は、どちらかと言うと、はえを追い払うように門前払いを喰らう傾向があるはずだが、予想に反して歓迎された。

 何でここまで友好的なのか分からないが、無理に断るのも心証が悪いので、仕方なく家に上がることにする。「お、おじゃまします」

 すると、明神さんはコーヒーを用意しはじめた。意外と気が利くが、わたしにこびを売っているだけかもしれない。この仕事をやり始めると、どうしても疑心暗鬼になる。


 ギャルらしく(?)、リビング・ダイニングはピンクと白を基調とした20畳くらいの大きな部屋。立地の良さ、築浅ちくあさ、10階からの眺めなどを考えると、かなり家賃も高いはず。相当儲かっているのではないだろうか。

「おまたせー! これね、今、池袋ブクロでチョ~人気の、コーヒー豆屋さんで買ったコーヒーなの。飲んで飲んで」

 そう言うと明神さんは美味しそうに、一口飲んだ。わたしは仕事に来ただけなので、別に飲みたくはなかったが、断るのもこれまた心証が悪いので、仕方なく飲んだ。


「……ということで、貸付の審査前に説明があったとおり、1週間以内の延滞料金がこれだけありますので、この額をお収めください。ついでに、今回の憑依者は生者ですので、権利擁護のためにもこれ以上の延長は認められません。ですので……」

 事前に社内で何度も練習した説明内容を、事務的に説明するが、彼女はニコニコしながらこっちを見ている。何だか落ち着かない。


「……説明は以上ですが、何かご質問は……?」

 すると明神さんは、小学生のように手を挙げた。「はーい! 質問! おねーさんの名前は? いくつ?」

「こ、恋塚と言います。年齢は、今回の用件に無関係と思いますが」

「えー、ダメなの? もしかして結構、年いってる?」

「そんなことありません。23歳ですから」

「教えてくれてるじゃん」

 不覚にも口車に乗せられた。「あ、名刺交換しない?」

「名刺ですか?」ギャルの口から名刺という言葉が似合わない。この人の言動は、年の近いわたしでも理解しがたい。

「アタシ、明神朱雀ってゆーの! 知ってると思うけど。あ、名刺、〆ルカリで売らないでね。ぴえんだから」

 そう言うと、ゴテゴテのピンク色の名刺を渡してきた。こんな名刺見たことない。

「おねーさんのは?」そしてすぐさま催促してくる。

「『スピリッツ・エージェンシー』本店管理課の恋塚愛美です」

「な~に、超絶可愛い名前じゃん。アタシのと交換してよ」

「あ、いや、明神朱雀さんというのも充分素敵かと……」

 完全に本題から逸脱した話題に乗せられてしまっている。話の主導権を握らせてくれない。


 そしてついに「ねぇ、おねーさん、めっちゃ可愛いじゃん! 回収人なんてもったいないよぉ。アタシと一緒にモデルやらない!?」とまで言ってくる始末。

 同性の、しかも現役モデルに容姿を褒められるのは嫌な気分ではないが、言いくるめられてはいけない。

「そ、それは困ります」収拾がつかなくなってきた。何とか話を戻したい。「回収に来ただけですからっ」

「回収ね……。アタシは、今の魂、なにげに気に入ってるんだよね」

 意外にも、明神さんの方から本題に戻ってくれた。

「でも、生者ですから」

 今回の憑依者は、有名な女性芸人だ。ゴシップのサイトでは、その女性芸人さんは明神朱雀ととても仲が良いとか。

「アタシねー、芸能界という華やかな世界に憧れて、18でカリスマモデルとしてデビューしたけど、そりゃもー茨の道だったよね」

「そうですか」今度は彼女の苦労話を聞かされるのだろうか。

「でさ、あと1か月、仕事がなかったら芸能事務所クビにするって、19のときに言われちゃってね。そこで、なけなしの所持金と親から借りたお金で、当時唯一知り合いだった人気インフルエンサーの女の子の魂を借りた。そしてラストチャンスだと思って、魂を憑依させた状態で、YouTuveで得意の手品を披露したの。そしたらバズっちゃってさ」


 また、彼女の話は延々と続く。内容は話半分にしか聞いていないが、この話し方と淀みない弁舌は、よくよく考えると、憑依者の女性芸人の口調そのものだとも言える。簡単に言うと、現在もその魂が乗り移って具現化させた状態で喋っている。

 その女性芸人はトークが面白いことで人気を博している。つまり、この明神さんは、芸能界で生き抜く処世術を、他の芸能人の魂を自分に憑依させ、スキルを間借りすることで身に付けている、と推察された。

 だから、大学教授ともハリウッド女優でも、対等に話ができる。

「……とゆーことで、ふぅ、アタシの話は終わり。延滞料の手続きとかあるんでしょ?」

 急にまた、話が本題に戻ってきた。わたしは慌てて書類を出そうとした。そのとき身体に異変を感じた。

 不覚にも激しい尿意に襲われてしまったのだ。

「どしたの?」

「す、すみません。トイレに貸してもらえないでしょうか?」

「ごめんごめん。コーヒー出しちゃったもんね。遠慮せず使ってー」

 トイレごときでも、あまり顧客の家で、もてなしを受けたくなかったが、この強い生理現象には抗いがたい。ただでさえ緊張して、おしっこが近くなるわけだから、今度からコーヒーを勧められても、飲むのは最後にしようと思った。


「失礼しました」

「全然気にしないでねー」明神さんは可愛らしく微笑んだ。

 再び延滞料の話をして、明神さんは応じた。わたしは、説明書の説明者の欄に自分のサインをしてから、承諾者の欄に明神がサインをする。


 この手の事務手続きは、本当に書類が多い。このデジタルの時代に逆行しているような気がする。電子署名ならまだ楽なのにな、と思う。

「では、今日の午後1時に魂は、憑依者のもとに返されます。延滞料金の請求書は納付書は近日中に送ります」

「わかったー! おつかれー! でも、モデルの件考えといてねー!」


 何だかんだ言って最後は延滞料の支払いに素直に応じてくれた。安心しながら、顧客の家を出たが、反動で何だか、どっと疲れが出た。

 はじめての一人での回収業務とは言え、ここまで疲れるとは。ずっと一人で回収にあたってきた田中係長のメンタルの強さに舌を巻く。

 今日は帰って業務報告したら、時間休を取って早めに上がらせてもらおうかな。そんなことも考えながら市ヶ谷駅に着いたときだった。


 私は意識を失って倒れてしまった。

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