Case4 明神 朱雀

Case4 明神 朱雀 20歳♀【お題】

「なるほどね。森繁さんは、現・環境大臣が同姓同名の多い名前であることを利用して、わたしたちを欺こうとしていたのね」

 帰社して回収状況について報告に行くと、管理課長はそう呟いた。「確かに、田中宏和さんだけじゃ、まさか環境大臣だなんて気付かないでしょうから」


「恋塚のおかげでしたよ。審査課にもちゃんと言わないと……」

 審査課は、その名のとおり貸付の審査をする部署である。回収を所管するわたしたちとは別部署だ。

新坂しんさか審査課長には、わたしからも言っておきます」

「ありがとうございます。あと、もうひとつ」新人ながら、わたしは管理課長に提案した。「これを機に、利用規約の見直しをお願いしたいのです」

 現行の利用規約では、憑依者、被憑依者の自署の同意書が、必要書類の1つになっている。しかし、森繁さんの件では、田中環境相の複写によるサインで効力を発揮してしまった。

 しかも署名だけで、生年月日やら住所やら、他に個人を特定する情報はない。もう少し、厳密に貸付に関わる個人の情報を管理しないと、今回みたいな一大事になるような気がした。

「ごもっともです。恋塚さん」

「ありがとうございます」

「しかし、すぐに、簡単にと言うわけにはいかないでしょう。利用規約の見直しは、おそらくは社内の課長会や理事会での承認が必要ですし、書類の様式だって変えたり、となると検討や準備期間もいります」

「そうですね……」田中係長も相槌を打った。

「また、これまたいけないんですが、お役所よろしく、うちも縦割りです。利用規約を所管しているのが企画課で、理事会の開催を束ねているのが総務課ですから、調整に時間もかかるでしょう」

 予想されていたが、口で言うほど容易たやすいものではないらしい。

「わたしからは提案することしかできない。でも、こんなことが続いちゃ、そのうち大事件が起こります。課長会でも声を大にして言っておきます」

「ぜひお願いします。差し出がましいことを言ってすみません」

「いや、ボトムアップも必要ですよ。こういう若い社員からの建設的な意見はウェルカムです」クールな管理課長は、美しい微笑を見せた。

「ありがとうございます」


「それはさておき……」管理課長は眼鏡のブリッジを上げて、仕切り直すように言った。「恋塚さん、次の顧客からは、独り立ちをしてもらおうと思っています」

「え、一人で大丈夫でしょうか?」

 突然の指令にわたしは驚きと懸念が押し寄せる。

「大丈夫です。もうあなたは立派な社員です。困ったら、いつでもわたしたちに電話してくれていい」

「そうですけど……」

「それに、今度の顧客は、若い女性のだけの方が都合が良さそうというのもあります」

 わたしは考えた。たとえば、最初に訪れた小林くんみたいな顧客だろうか。でも、そんな事例は、めったになさそうだけど。

「どんな顧客なんですか?」今度は田中係長が聞いた。

「恋塚さんと同年代の女性ですよ。明神みょうじん朱雀すざくさんという、一人暮らしの二十歳はたちの、いわゆるです」

「二十歳のギャル!?」

 わたしは耳を疑った。この魂の貸付システムは、その技術の特殊さゆえ、利用料が高額だ。憑依者にもよるが、数十万円から数百万円である。当然延滞料も高い。

 利用できる人は、それだけのお金を用意できる人に限られる。つまり、ギャルという属性はかなり珍しい部類になる。

「この人は、人気カリスマモデルでもあるらしいです。『iggイッグ』って雑誌、知りませんか?」

 『igg』は、わたしは購読者ではないので『明神朱雀』という人は知らないが、雑誌は知っている。ギャル系ファッションを紹介している有名な雑誌だ。

「『igg』のモデルですか……。でもなぜ……」

 なるほど。合点がいった。弱冠二十歳でこのシステムを利用できる理由も、真面目なかん管理課長があまり言わなさそうな『ギャル』という言葉で表現したことも。

 そんなカリスマモデルが、なぜ他人の魂を借りようとしているのか。


「若さというものは、それだけで人を魅力的に見せるものです。天真爛漫、純粋無垢。しかしながら、時に無鉄砲、時に傍若無人、時に天衣無縫。それらは若さのもつ魅力といっていいでしょう」

 管理課長は妖艶な笑みを浮かべながら、唐突に言った。

 この人も、今でこそアラフォーらしいが、20代後半と言っても差し支えないほど綺麗な人だ。23歳のわたしでも嫉妬するほど。若い頃は、さぞかしもっと美人だったのだろう。

「……恋塚さんも、その1人。こういうことを言うと、今ではセクハラになっちゃうかもしれないけど、あなたも群を抜いて美人だと思うから分かると思うけど」と、管理課長は相好を崩した。

「──いいえ、そんな」咄嗟とっさに否定した。綺麗な管理課長に言われると、照れくさい。

「でもですね」

 それから目の奥にり怜悧で冷徹な、いつもの表情に戻っている。「そこに自己顕示欲が絡みつくのも若さです。自己を必要以上に目立たせるため、奇抜な行動に出てしまう」


 ああ、それはなんか分かる気がする。

 なんとなく自分にも思い当たるふしがある。

 高校生や大学生は、若気の至りで、ギャルほどではないが派手なメイクをしたり、金髪にしたりエクステやウィッグを付けたりして、街を歩いたことがあった。

 就活に入ってからは、そういうことはしていないけれど。


「今回も気を付けてくださいね。若い女性は何かと面倒なものですからね」

「そんな厄介そうな人。しかも相手は人気カリスマモデルなのに、新人のわたしで大丈夫でしょうか?」

「あなたなら大丈夫だと思って託しているのです。だからお願いしますね」

 わたしはゴクリと唾を飲み込みつつ、小さくうなずく。でも、本当に良いのだろうか。やはり心配だ。


 今回の相手はいわゆるギャルらしい。しかも、モデル業界は女の縦社会で、嫉妬と欲望が渦巻く厳しい世界だと、テレビか何かで聞いたことがある。

 そんな荒波に揉まれながら生き抜いている顧客。

 ひょっとしたら、美根夫人や森繁さんよりも厄介な相手かもしれない。


 管理課長は男性では、万が一、色恋沙汰になると、回収に支障が出るかもしれない可能性も考えて、わたしに託したのかもしれないが、そもそも自分自身、コミュニケーション能力にそこまで長けていない。 

 対して、相手はギャル業界のトップ・オブ・トップ。『陽キャ』の中の『陽キャ』。きっと、口も達者なのだろう。

 大体、どういった理由で、魂の貸付システムを利用したのだろうか。


 いろんな憶測と、付随する懸念をずるずると引きずりながら、顧客のもとに向かうことになった。


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