Case3 森繁 豊緑

Case3 森繁 豊緑 59歳♂【お題】

「次の顧客は、森繁もりしげ豊緑あつのりさん。59歳。『フォーエバー・グリーン』代表です」

 かん里果子りかこ管理課長は言った。

 戻って美根夫人の回収報告をするや否や、次なるミッションが言い渡される。

「フォーエバー・グリーン?」聞いたことのないフレーズだ。

「東京を拠点に活動する自然環境保護団体の1つで、この人は環境活動家です」

「環境……活動家、ですか」

 田中係長は復唱する。ピンとこないのはわたしも一緒だった。環境活動家ってどこか漠然としている。


「わたくしも詳細は分かりかねます。貸付の審査業務は審査課の所掌ですから」

 お役所のごとく、我が社も縦割りなのだろう。魂の貸付を認めるかどうかは、管理課うちの知るところではないようだ。

「温厚でのんびりしたおじさんと聞いています。一方で……」管理課長は続ける。「なかなかの切れ者、という情報も入っています」

「のんびりで切れ者って、何か矛盾してますね」

 管理課長は天使のような笑みを浮かべて上役はこう告げた。


「日頃の言動や行動だけで人を判断してはいけません。人の心や知性というものは、巧妙に隠れている、隠されていることも多いのです」

 さらに、冷徹な眼差しををわたしたちに向けて続けた。

「ひねくれた知性の持ち主というのは、無能者や道化を演じながら、いつも鋭くあなたを観察し、弱みを探っているのですよ」


 どうやら、今回の相手も一筋縄ではいかないと言いたげだ。

 『環境活動家』がどんな職業なのか分からないが、一見、善良な活動を行っている人のようにも思える。少なくとも反社会的勢力ではないだろう。


 しかしながら、うわべだけで人を判断することはできない。

 それは分かっているつもりでも、つい忘れてしまうものだ。

 善良に見える人が実は悪魔のような心を持っているとか、いわゆる『陰キャ』に見える人が実は明るい心に溢れているとか、ということも往々にしてある。

 そんな二面性があるかもしれないから気を付けろ、ということか。


 外面に惑わされることなく、その人の本質を見極める。

 これもまた回収人にとっては大事な資質なのだろう。


 これから取立にいく顧客もそうなのだろうか。

 のんびりということは、ほのぼのした中年男性した印象を受けるが、そうではないということなのだろうか。 


 確かに、美根夫人も回収自体はうまく行ったが、何か裏がありそうな油断ならない二重人格性をはらんでいるような、そんな気がした。

  

 果たして、今回のアドバイスは役に立つんだろうか。

 あれこれ考えてみても、最終的には会ってみないと分からない。

 実施要綱があっても、結局は臨機応変な対応が求められるのだ。


 なかなか精神的に疲れる業務だな、とわたしは心の中で呟いた。

「ま、気を揉んでも仕方がない。今回も気を引き締めて行こう、恋塚ちゃん」

「は、はい!」

 かくして、わたしは一抹の不安を抱えながらも、また、顧客のもとに足を運ぶのだった。


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