Case1 小林 蒼汰 11歳♂【回答】

「ここは?」目的地に到着したわたしは、田中係長に聞いた。

「児童養護施設だ」

「児童養護施設? 親がいないんですか?」

「そうだ。ちなみにここは、正確には児童養護施設のだ。管理課長から聞いた情報によると、生活の援助をしながらも、自立支援の一環で、望む子どもには積極的に施設本棟から離れたプレハブで、生活できるようになっている」

 児童養護施設すら縁のないわたしは、それが普通なのかどうか分からない。

「だから、ここは子どもだけで住んでいるんだ」

 そう言いながら、躊躇なく田中係長はインターホンを鳴らした。


「はーい」まさしく少年の声だ。声変わりすらしていないようだ。

「延滞料金の徴収と返却のお願いに参りました」

「えっと。それは……」少年はもじもじし始める。

「でも、既に3日も延長しているじゃないですか?」

「あの……、貸付の延長については、本当に申し訳なく思っております。でも、あと2日だけ待っていただけないでしょうか?」

 少年にしてはしっかりした言葉遣い。小学生とは思えない。

「なぜです?」

「雨だからです」

「雨がどうしたというのですか? こちらはボランティアではないんですよ」

 田中係長は冷血な対応をする。しかしながら、これが任務だ。約束を守らない顧客に対しては、敢えて冷たく接しないといけないのだ。でも、相手は年端も行かぬ少年だけに、心が痛む。


賢汰けんた穂香ほのかの誕生日に生憎あいにくの雨。しかも長雨で、どこにも行けないんです」

「そう言われましてもね」

「天気予報で雨が上がるのは明後日です。明後日には必ずやお返しします」


 誕生日が何を意味するのか。しかも、天気で延滞に影響するとはどういうわけか。わたしには想像がつかない。


「見てのとおり、僕たちには両親はいません。双子の賢汰と穂香が生まれてすぐに、両親は事故に遭って2人とも亡くなりました。以来、施設で暮らしています。僕は両親を知っていますが、賢汰と穂香は親の温もりを知らずに生きています。だから、せめて、この子たちが5歳の誕生日に、会わせてあげたいと思ったんです。そして暖かい青空の下で、お母さんといっぱい遊んでもらいたいんです。かつての僕が、お母さんにしてもらったように……」

「……」

 田中係長は黙りこくっている。

 意味が分からない。うちは人材派遣会社。管理課の任務は派遣期間を延滞した場合の料金の徴収と聞いている。お母さんに会わす? 意味がよく分からない。

「……どういうことですか?」わたしはたまりかねて、小声で係長に聞く。

「うちは、魂をレンタルする会社なんだ」

「──えっ!?」

 驚きのあまり、それ以上の言葉が続かなかった。


「分かりました」

 田中係長はあっさりと引き下がった。「2日間の猶予をお認めしましょう。延滞金も発生しません」


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 帰り道で聞いた話は、驚きの連続だった。


 この会社は、人材派遣と銘打っているが、実のところは、魂を抜き取って貸付け、第三者に憑依させる仲介を行っているのだ。

 魂を抜き取られる人物(憑依者)は生者でも死者でも可。ただし、生者の場合は、魂を抜き取られているわけだから、その間だけは物言わぬ肉体となる。

 憑依される側の人物(被憑依者)の制限はない。オプションとして、容姿や声音を魂の持ち主に変えることもできる。その場合は、依頼者から写真や音声データを提供してもらうことになる。


 小林少年の件では、亡くなったお母さんの魂を取り寄せた。被憑依者は、寮母さんにお願いしたという。


 社外秘の特殊な技術を用いており、利用料は高い。同様に延滞料も高額だが、小林少年の話を聞いた田中係長は、管理課長に直談判するという。場合によっては、係長が肩代わりすると。


「わたしも、課長の説得にお供します!」

 気付くとわたしはそう言っていた。

「おいおい。これは、利用者の情にほだされた悪い見本だぜ?」

「いいんです! わたしもあの少年たちの願いを叶えてあげたいんです」


「ったくしょうがねえな」と、係長が今日2回めの舌打ちをした。そのとき向けた眼差しの先には、天気予報よりも早く回復した青空が、雲の隙間からちらつかせていた。

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