第36話 今日1大切な時間

「くっそ、どこにいんだよ……っ」


 南瀬が行きそうなところなんて、付き合いの短い俺にはわからない。


 連絡しても返事はない。


 近場はあらかた走り回ったが、姿を見付けることはできなかった。


 もう家に帰ってしまったのだろうか。


 いや、そんなわけない。


 かつてのメンヘラメッセージを思い出す。


 俺の勘違いじゃなければ、彼女はきっと……。

 

 遠い空にはゆったりと分厚い雲が漂い始めて、あたりは暗がりに包まれ始めていた。


 雨が降る前に探し出したいところだ。


「俺にはわからない……それなら、拓真はどうだ?」


 気は進まないが、記憶を探る。


 1番大きな出来事は、デートだ。

 仏頂面で嫌がる南瀬を拓真は楽しそうに連れ回していた。


 その中で唯一、彼女の表情が華やいだ場所——


「っ、とにかく行ってみるしかないか」


 俺は走り出した。


 目的地の近くまでやってきた頃には、大雨になっていた。


「コンビニで傘買ってくればよかったなぁ……!」


 雨に降られることで若干ハイになりながらも速度を緩めない。


 そして、見つけた。


『どこよここ』

『へへ、いいから見てみろって』

『見てみろって何を……え?』

『どうよ?』

『すごい……これが私たちの住んでる街なのね』

『意外と気づかなねぇよな。自分の住む街のことなんて』

『ええ。きれい』


 そこは街の古びた高台。

 観光客がたまに足を運ぶ程度の寂れた場所だが……少なくない距離を歩いてたどり着いたそこに、文句なしの絶景が広がっている。


 ああ、まったく、なんだかんだ言ってあのヤリチン野郎は女の扱いが上手かったらしい。


「————南瀬!」


「え? あなた、どうして……」


 南瀬は雨宿りのためか屋根のある小屋に避難していた。


 息を切らして近くまで駆け寄る。


「な、何しに来たのよ」

「おまえに、会いにきた……ッ」

「は、はぁ? 他の子たちは?」

「解散させた」

「な、何しちゃってるの。私がいなければ楽しい時間だったでしょ」

「あん?」

「私、風紀委員長だし、小うるさいし、雰囲気悪くするだけだから。だから今日はもういいのよ。あなたはべつに悪くないし。勝手に楽しみなさいよ。私は帰るから忘れて」


 南瀬は視線を逸らして捲し立てる。


 その態度に少々、苛立ちがわく。


「じゃあ、なんでここにいたんだよ」

「っ、…………べつに、たまたまここに来て、たまたま雨宿りしていただけ」

「はいはいそうですか。じゃあ俺もたまたまここに来たから——おまえを選ぶことにする」

「え……?」


 ここに来てから初めて視線がかち合う。


 もしも彼女が、俺に構ってほしがっているのだとしたら。

 だからこそ、大嫌いな拓真との唯一と言えるいい思い出が眠る場所にいたのだとしたら。


「なにを、言ってるの?」

「今日は元々、俺と南瀬の時間だったはずだ」


 それでも、俺には彼女の気持ちを推し量ることなんてできやしないが。

 

「だったら俺は南瀬を選ぶ。他の誰より南瀬との時間が大切だし、南瀬と勉強するの好きだから」


 少しでも同じ気持ちだったらいいなと思った。


「〜〜〜〜っ、な、なに恥ずかしいこと言ってるのよ! う、嬉しくて私まで顔が熱くなっちゃう! バカ! バカバカバカ!」


「いて、いててててて!?」


 癇癪を起こしたような南瀬に胸を叩かれる。


「…………濡れてる。びちゃびちゃじゃない」

「ああ、うん。傘なかったし」

「バカね。ほんとバカ。嬉しい」

「いて。いたいって」


 なおも叩かれる。


「私との時間がそんなに大切で、好きなのね」

「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、自称小うるさい風紀委員長との個人授業を何週間も受講しちゃいない」

「他の誰より、大切で、好きなのね」

「お、おう……?」


 なんか、意味が変わってきているような気がしないでもない。


「じゃあ、責任とって」

「え?」

「今からウチに来なさい」


 南瀬はバッグから折り畳み傘を取り出す。


「傘あるのかよ」

「ふつう常備してるものよ」


 じゃあやっぱり、雨宿りも何もないじゃないか。


「あなたが来てくれるのを待ってただけだもの」


 雨にこれ以上濡れないようにと身体を密着させた南瀬と寄り添うようにして歩いた。


 

「お、お邪魔します……」


 南瀬家へやってくる。


「ごめんなさい。タオル持ってくるから、少しそこにいてくれる?」

「お、おう。……ところでご両親とかは?」

「今日はいないわ」

「え……」


 頭が真っ白になる。

 外はいよいよ嵐の様相を呈し、雷が鳴り響いていた。


 そのまま、玄関で待つ。


「はいタオル」

「さんきゅ——南瀬?」


 タオルを受け取ろうとするが、なぜか南瀬が手を離してくれない。


「拭いてあげる」

「え? お、おう」

「…………こんなに濡れて。テスト前に風邪引いたらどうするの」


 南瀬は濡れた頭から優しく拭いてくれる。


「あーうん。すまん。でも身体の丈夫さだけは自信あるから」

「そうね、バカは風邪ひかない」

「そうそう」

「——なんて、ウソ。バカな子ほど自己管理がなってないから風邪をひくの」

「うっ……」

「だから私がしっかり拭いてあげる。それから、お風呂も入って」

「いや、そこまでは……」

「入りなさい」

「はい」


 大人しく従うことにした。

 正直身体は冷えていたので、有り難かった。


 風呂を上がると、南瀬の部屋へ案内される。


 初期の紬祈の部屋ほどじゃないが、飾り気のない部屋。本棚にはたくさんの参考書類が見える。ベッドのところには見覚えのあるぬいぐるみが2つ飾られていた。


「じゃあ、私もお風呂行ってくるから」

「え?」

「なによ。私が冷えてないとでも思ってるの?」

「い、いやいやそんなことは!? ごゆっくり温まって来てください!」

「ふ、ふん。べつに、あなたの入った湯船になんて興味ないんだからね! ちょっとは気になるけど!」


 聞いてない……!!


「あと、私の下着はそこのタンスだから! あ、あんまり見ちゃダメだから! 2枚も3枚も無くなってたらさすがに困るし盗るなら1枚だけにしてよね!」


 そんなことも言わんでよろしい……!!


「お風呂上がったら責任取ってもらうからね。……拓真」


 南瀬はそう言って姿を消し、俺はひとり残された。


「………………」


 いや、見ないし盗らないよ?

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