第35話 おっぱいは正義

「えっと、マジ卍ってなーに?」


 心愛は笑顔を崩さずに訊ねる。


「え、ええとぉ、そ、それは……う、ウケる———」


「それはもういいよ♡」


「……ぴえん」


「あはっ」


「ひ、ひぃぃ……!!」


 笑顔の圧に屈してしょんぼりと縮まりかえる真宵。完全に涙目だ。


 そのギャル語になんの意味があったのかはさっぱりわからないが、お前は頑張ったよ……。


 心の中で称賛を送る。それから、合掌。


「次やったら晒すね♡」

「ご、ごごごごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」


 最終的に真宵は土下座して、事なきを得たのだった。


「ねぇねぇさっきのって、モブ子ちゃんの入れ知恵だよね?」

「そうだよ〜。あと、彩葉先輩と呼んでくれると私は嬉しいな〜」


 ようやく全員が腰を落ち着けての会話が始まる。


 とは言っても以前、ペースは最年少の心愛が握る。


「なんか言葉のチョイス古くない? モブ子先輩」


「そ、そうかな〜?(ピキピキ)」


 ポーカーフェイスを決して崩さない彩葉の仮面が剥がれかけている。

 

「そうだよ。ね、紬祈先輩。さっきのマジ卍〜とかぴえん〜とか、意味わかった?」


「え? あ、はい。そうですね……」


 パフェに夢中になっていた紬祈は突然会話を振られて考え込む。


「ひとつもわかりませんでした」


 そして邪気なく柔らかに微笑んで答えた。


「うぐっ、い、妹ちゃんまで……」


 まぁ紬祈が知っていたら逆に驚きだ。


「じゃ、じゃあ拓真は!? 拓真なら知ってるよね〜?」


「…………ま、まぁ、知ってるけど」


「だ、だよね〜。3年生なら知ってるよ〜。うんうん」


 いや、俺は前世の知識として知っているだけだ。

 現役のJKが使うような言葉ではないだろう。


 彩葉はやはり時代に取り残されているのではないかと思います。


「なぁに〜、拓真? 何か言いたいことがあるの?」


「いえ、なにも」


 陽キャの圧に勝てないのは俺も真宵も同じだった。


 ふと、その真宵がここぞとばかりに手を挙げる。


「わ、私は元から知ってましたよぉ……! 師匠ぉ!」


「ほんと〜? よかった〜。さすが私の愛弟子〜!」


「え、えへへぇ……」


 彩葉が自分よりも体躯の大きな真宵の頭の撫でる。なかなかに微笑ましい絵だ。


「ぱしゃり」


 心愛もそれが純粋に気に入っているらしく、密かにシャッターを押していた。


「じゃあ、これからもギャル語戦術続けていこうね〜。可愛くなるには口調も改めていかないと」

「え、そ、それはちょっとぉ……」


 真宵は非常に申し訳なさそうに視線を逸らす。


「え〜、なんでかな?」

「だ、だって私なんかがウケる〜☆とか言ってたらさっきみたいに陽キャにいびられますしぃ……そ、それに師匠だって笑ってたじゃないですかぁ……!!」


「そ、そんなことないよ〜?」


「嘘です! 私がマジ卍☆とかやる度にウケてましたぁ……! マジウケてましたぁ……!!」


 涙ながらに抗議する真宵。


「もぉまぢぴえんですぅ…………」


 意外と使いこなしてないか。いや知らんけど。


 しかしそれが彩葉の笑いのダムを決壊させる。


「ぷ、ぷふふ。あははっ、やっぱり無理。ウケる〜」

「し、師匠ぉ〜〜!!」


 ダンダンとテーブルを叩いて大笑いする彩葉と、ぷりぷりと慣れないようすで怒っているアピールをする真宵。なんだかんだとやはり、いいコンビだった。


「ぱしゃり」


 これまぁ、写真に収められても仕方ない。


 思いのほか楽しく雑談して、1時間ほども時間が経っていた。


(あれ……? そういえば、南瀬は?)


 気づいたときには南瀬の姿がなかった。


「なぁ、南瀬どこにいるか分かるか?」


「璃音ちゃんならさっきドリンクバー取り行ったと思うよ〜?」

「そういえば帰って来ないね。お手洗い?」

「え、でもでも、荷物もすっぽりなくなっているようなぁ……」


 たしかに、南瀬がいた場所からは完全に物が消え、空白となっていた。


 思えば、彼女たちが勢揃いしてから南瀬が一度でも自発的に口を開いただろうか。


 ひとり馴染まず、ずっと黙っていたような……。


(っ、バカか……俺は……!)


 自らを叱咤する。


「すまんみんな、今日はもう解散だ」


 そして全員に告げた。


「……そうだね〜。ごめん、やっぱりお邪魔しちゃったみたい」


「まぁ今日は元々そういう時間だったもんね」


 彩葉と心愛はすぐ納得したように言って、立ち上がった。


「え? え? え? どういうことですかぁ? も、もしかして私、また何かしちゃいましたかぁ?」


 場の雰囲気が陰ったのを察知して真宵は不安そうに声を上げて瞳を伏せる。


「せっかく、楽しかったのにぃ……」

「じゃあ私たちは元の席で女子会しようよ。いいよね、モブ子先輩?」

「そうしよっか〜。あと、彩葉先輩」

「間違えちゃった♡」

「コ〜ラ〜」


 彩葉は心愛の頭を軽く小突く。

 少しは仲良くなったのだろうか……?


「由桜ちゃん。私決めたよ〜。私、あなたを心愛ちゃんより可愛くする!」

「ひょえぇぇ……!? ここ、こちらの陽キャさんよりですか!?」


「え、なにそれ。むりむり。ぜったいむりだよ? 私の可愛さなめてる?」


「大丈夫。由桜ちゃんは磨けば光るから。それに何より……」

「なによりぃ……?」

「おっぱいは正義! もう勝ち確だから!」


「はぁ?」


 そんな会話をしながら、3人は席を離れていった。


 また夏休みにでも集まれればいいな。


 今度は、南瀬も楽しめるように。


「兄さん」


 紬祈は小さく俺の袖を引く。


「紬祈。ごめん。今日は勉強しないとだから」


 これ以上は構ってあげられそうにない。


「そうですよね……私の方こそ、ごめんなさい」

「いいよ。嫉妬してくれる妹なんて、兄にとっては可愛いだけだから」


 俺は亜麻色の髪を優しく撫でた。


「私、帰りますね」


 紬祈は少しすっきりしたようすで微笑んで、荷物をまとめる。


「みんなと話していけばいいのに」

「いいえ。私も勉強します。兄さんのご褒美が待っていますから」


 小さく頭を下げて、ファミレスを後にした。


「さて、俺は俺がするべきことをしますか」


 面倒くさいことこの上ないメンヘラお姫様を探なければ。




————————



由桜>>>>璃音>>彩葉>紬祈>心愛


牌の大きさはこんなイメージ。



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