第34話 全員集合!
「ぷいっ」
ご機嫌斜めな妹様に手を伸ばすが、あからさまに避けられてしまう。なでなで完全拒否である。
「ごめんね、拓真。あと、
対面に座る彩葉が申し訳なさそうに両手を合わせる。隣には元の位置へ戻った南瀬。
その対面である俺の両隣には心愛と紬祈がいた。
4人用のテーブルに計5人。
こちら側は人数オーバーなので狭い。
そして俺と紬祈がギクシャクしていることを中心として、雰囲気もよろしくなかった。
「私は先輩たちのお勉強が終わるまで待つつもりだったんだよ? 終わってからまたちょっとだけデートできたらなぁって♡」
心愛だけはマイペースに俺の腕に絡みついて甘えてくる。
「——兄さんのバカ」
するとボソッと呟く紬祈。
より一層機嫌を損ねってしまったらしい。
(どうしろと言うんだ、この状況……!!)
そもそも両側ガッシリと固められていて身動きが取れない。
勉強会は完全にストップしていた。
困り果てていると、彩葉はこちらへこっそりとウィンクを送り紬祈に話しかけた。
「妹ちゃん妹ちゃん」
「……なんですか」
「ドリンクバー取り行こっか。コーラでもメロンソーダでもフルーツオレでもコーヒーでも紅茶でも、なんでも飲み放題だよ〜?」
「……!」
ピンと背筋を伸ばして座っていた紬祈の姿勢がわずかに彩葉の方へと傾く。落ち着き払った顔をしているが、俺にわかる。ドリンクバーという未知に興味津々なのだ。
「混ぜることだって、できちゃうんだよ〜?」
ニヤっと笑みを浮かべた彩葉はさらなる追撃を仕掛ける。
「行きます」
あっさりと陥落した紬祈は彩葉と共に席を立った。
「拓真と心愛ちゃんの分も取ってくるから〜。味の保証はしないけどね」
そう言って、まだ中身が残っている南瀬以外のグラスを持つ。
「な、何でも入れていいんですか!? どんな組み合わせでも!?」
「うんうん。不味いのはそっちの2人に飲んでもらうからね〜」
「わぁ……♪」
紅潮した頬に、キラキラと輝く瞳。
情緒が完全に幼女のそれになってしまった紬祈は彩葉に連れられてドリンクバーへと向かった。
(彩葉のやつ、俺よりずっと上手いかもしれない。紬祈の扱い……)
兄として少し悔しさが湧く。
しかし彩葉の機転には素直に感謝した。
意外にも心愛は彩葉たちに干渉せず、ひらひらと手を振って2人を見送る。
「せんぱーい♡ ごろごろ♡」
広くなった席で俺の膝に顔を埋めて、膝枕態勢に入った。
このメンバーの中で最年少であることを一切感じさせない太々しさである。
————ビタンッッ!!!!
「うひゃっ!?」
突然の衝撃音に驚いて心愛が飛び上がる。
「な、なになに!?」
その視線は、とあるモノに釘付けになっていた。
「た、拓真さぁぁんっ、わ、わたしも、お仲間に入れてくださぁぁああぁぁいぃ〜〜…………」
そう、窓ガラスに顔を押し付けて泣きながら懇願する
☆
「わあぁぁ師匠ぉぉぉぉおおおお……!!」
「ゆ、由桜ちゃん!? いつからいたの!?」
ドリンクを持って帰ってきた彩葉に、席へ合流した真宵はすぐさま抱きつく。覆い被さるようにいったものだから彩葉は頭から抱えられ、真宵の巨乳に呑まれていく。
「師匠ししょうししょ〜!」
「わっ、ちょ、なにこれやわらかっ。天国!?」
泣きながら抱擁する真宵にもみくちゃにされる彩葉。
南瀬と心愛という陰キャにとっては相入れない存在2人に囲まれて、ノミの心臓は破裂寸前だったのだろう。
そんな状況を横目にしつつ、隣に腰を下ろした紬祈へと視線を移す。
「……うん、甘くて美味しいです♪」
満足そうに頷く彼女はすっかり邪気が抜けたように笑顔を浮かべていた。
「兄さんにはこちらをどうぞ♪」
「え?」
真っ青な色の液体が入ったグラスを渡される。
「どうぞ♪」
「…………あ、ありがとう。紬祈……」
「どういたしまして♪」
邪気が抜けたなんてそんなわけなかった。その笑顔の裏は、決して笑っていない。
俺は意を決して液体を喉へ流し込む。
青汁とコーヒーを混ぜ合わせたような苦味と臭み、粘っこい泡となり果てた炭酸、そしてなぜか鼻の奥の方に生臭い香りを残して、食道を落ちてゆく。
(しっかり不味い!!)
しかしこれで妹の気持ちが晴れるのなら本望だと思って、全てを飲み込んだ。
「の、飲んだぞ、紬祈……! ごちそうさま……!」
「そうですか。…………口直しに、私のを飲みますか?」
「……い、いいのか?」
「はい、どうぞ」
「じゃあ、ありがたく。いただきます」
グラスを受け取って、一口だけ飲ませてもらう。シャワシャワと炭酸が鼻に抜ける。メロンソーダだ。しつこいくらいの甘さが口内を満たし、ゲテモノドリンクを洗い流してゆく。
「兄さんと、間接キス……♪」
「なにか言ったか?」
「いえ、なんでも。それより、飲み終わったのならはやく返してください。私もすぐに飲みたいので」
「あ、ああ。すまん。ありがとな」
紬祈はグラスを攫うように取り上げると、すぐに口を付けて飲み始めた。
そんなに喉が渇いていたのなら、わざわざくれなくてもよかったのに……。
「ふふっ♪」
ほんのりと赤い頬に笑顔が浮かぶ。
妹様の機嫌が少しは回復したようで何よりだ。
「わ〜、モブ子ちゃんと陰キャちゃんの共演だね! 写真撮っちゃお〜」
と、こちらが落ち着いたのも束の間、彩葉たちの方には心愛が加わっていた。
「ひょ、ひょええええええ!? や、やめてくださいぃ……ととと撮らないでぇ。SNSで笑い者にするのだけはやめてくださいお願いしますなんでもしますからぁ…………」
「あははっ、そんな酷いことしないよ〜。陰キャちゃん面白〜い」
心愛は真宵の陰キャムーブに興味津々でフラッシュを焚きまくる。その度に真宵はビクビクと怯えて跳ね回った。
典型的な陰キャと陽キャの図。関わりたくねぇ……。
「由桜ちゃんのことは陰キャちゃんなんだね〜。まぁそれは仕方ないか〜」
彩葉はしれっと抱擁を抜け出して、席へ着く。
「わ、それ飲んだんだ拓真。さすが〜」
空になった俺のグラスを見て、パチパチと拍手してくれる。
「あ、陰キャちゃんこのドリンクあげるー」
「え、いいんですぁ……!? ありがとうございますぅ……!! ぶふぅ——!? な、なんですかこれぇ……!?!?!?」
「え、淹れたのは紬祈先輩だよ? 私知らなーい♡」
心愛はゲテモノドリンクをしっかりと真宵へ押し付けていた。
吹き出した真宵を見て、心愛はさらに楽しそうにコロコロと笑う。
すっかり気に入ったようで、そのまま真宵へ詰め寄った。
「ねね、陰キャちゃんも先輩とエッチしたの? 先輩のこと好きなの?」
「ひ、ひぇ……あ、アッ、アッ、アッ、わ、私は、そのぉ…………ごにょごにょ」
「え? なに? 聞こえなーい」
カァっと顔を赤くして真宵は縮こまる。
心愛に悪気はないのだろうが、なんだろう、この光景はすごく心が痛い! 前世の陰キャ魂が蠢きだしてしまう……!!
「由桜ちゃん、こういう時はアレだよ〜。この前話したやり方、試してみよ〜。ん〜♡ パフェうま〜♡」
彩葉はいつのまにか紬祈と一緒に頼んでいたストロベリーパフェに舌鼓を打ちながらも、コソッと助言をする。
「は、はいぃ……! 師匠……!」
すると気合がのったようで、真宵はグッと拳を握った。
「えー? なに? どういうこと?」
「う、ウケるー!!」
「は?」
真宵の口から発せられたらしからぬ言葉に、心愛だけでなく俺まで目が点になる。
「なーに? もう一回言って? 陰キャちゃん」
「ま、マジウケるんですけどー! それな〜、マジ草! ヤバッ、マジ卍〜☆」
対面に座る彩葉は「ぷっ、ぶふふっ」と決壊寸前なほどに頬を膨らませて、笑いを堪えていた。
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