第33話 メインヒロイン
ここは週末のとあるファミレス。
明るい茶髪の少女と長い亜麻色髪の少女がひとつのテーブル席を注視しながら、ひそひそ話をしていた。
「で〜、これは一体どういう状況なのかな〜?」
「私はただ、兄さんをこっそり追いかけてきただけです」
「ただ、で済ませられる内容じゃないよ〜妹ちゃん」
ストーカーがここにもいたとは、と茶髪の少女は内心苦笑いを浮かべる。
「幼馴染さんこそ、どうしてここにいるのですか?」
「私は本当にたまたま。よく来るんだよね〜、ここ」
「……そうですか」
「妹ちゃんもドリンクバー頼む?」
慣れた手つきでドリンクを飲みながら尋ねるが、亜麻色髪の少女はこてんと首を傾げた。
「ドリンクバーとは何ですか?」
「んにゃるほど〜。箱入りちゃんか〜。よ〜し、お姉さんが悪いことたくさん教えちゃうぞ〜」
窓際のテーブル席では、2人にとって縁のある青年と、青みがかった黒髪の少女が密会している。
しかし茶髪の少女、彩葉にとってそれはさしたる問題ではない。
そんなことより、目の前のお人形さんみたいに可愛らしくて世間知らずな少女、紬祈への興味の方がよっぽど強かった。
「あ、やっぱり来たんだね。紬祈先輩♡」
そこへもう1人——銀髪の少女が現れる。
「——と、モブ子ちゃんかな?」
「あ、あはは〜。これでも私、けっこう可愛い方だと思うよ〜? ゲームで言えば、まさかの非攻略対象でユーザーからキレられちゃう友人キャラみたいな?」
「へー、私はメインヒロインだよ?」
「ぐぬぬ……」
滅多にマイナス感情を表にしない彩葉だが、今回ばかりは少し、本当に少しだけ笑みが引きつってしまった。
心愛は美少女だ。
それも紬祈と張り合えるレベルで。学校どころかこの街で1.2を争うだろう。
ふつうに可愛いお洒落少女な彩葉とでは比べるのも烏滸がましい。
100人に聞いて1人でも彩葉の方が可愛いと言ってくれればそれはもう上振れ認定。
神さまがくれた素材の出来からして違うのだ。
紬祈についてはそのお淑やかで物腰柔らかな性格から嫌味を感じさせないし、拓真の妹であるという補正もあるから素直に可愛いと思うのだが……。
(うーん、私、この子……苦手だな〜)
きっと少しでも’可愛い’に気を遣っている年頃女子ならみんな、少なからずそう思ってしまうのではないだろうか。
そんなことを思いながらも、年上として手を差し出す。
「私は小波彩葉だよ。あなたは〜?」
「甘露心愛。よろしくね、モブ子ちゃん♪」
「あ、あはは……よろしく〜(ピキッ)」
こうして、ついに彼女たちは出会った。
「……拓真さんはきょきょ今日も風紀委員長さんと一緒ですかぁ……でも、い、いいんです私はべつに、2番目でも3番目でもぉ……ひゃ、100番目くらいでも満足ですからぁ…………♡」
店舗の外から拓真を熱い眼差しで見つめる、もう1人のストーカー少女を除いて。
☆
「ちょっと。あなた、また集中してないでしょう?」
ファミレスで勉強を始めてから1時間ほど。
目の前の南瀬はムッとしながらこちらを見つめる。
「今日という今日は許さないわ。テストはもうすぐなんだから!」
「すまん。わかってるよ。だけどさっきから、なんだか視線を感じて……」
きょろきょろと周りを見渡すが、それっぽい影は見当たらない。
真宵にストーキングされていたこともあるし、敏感になっているのだろうか。
すでにアイドルタイムとはいえ週末のファミレスは学生でほどよく混み合っていて、学校で見かける顔の一つや二つ、簡単に見つかりそうな有り様だった。
「気のせいでしょ。はい、満足したら勉強再開っ。気を引き締めてっ」
「はーい」
たしかに今は勉強優先だ。
一番苦手な数学の文章題に喰らいつく。
しかしすぐに頭がこんがらがって、何が何だか分からなくなった。
「なぁ南瀬、この問題どうしたらいいんだ?」
素直に助けを求める。
「あなたねぇ、もう少し自分で考えたらどうなの?」
「いや、考えてるよ? でも何を考えたらいいかわからない」
「国語は得意なのだから、数学の文章題くらいはもう少し読み解けても良いと思うのだけど……」
「数字が絡むと頭が真っ白になる」
数字を見ると眩暈に襲われるのだ。
週末午後の微睡も押し寄せて、こうやって会話していないとすぐに意識を持っていかれそうである。
「仕方ないわね。私が教えてあげるわ。何度でも」
そう言って、なぜか南瀬は席を立つ。
そして俺の隣へと座った。身体が触れ合うほどに近い。ふんわりと甘酸っぱい香水の香りがした。
「な、なんで隣に?」
「こ、こうしないと私が読みにくいでしょ」
「え、でも今まではずっと逆さのままでも……」
「いいから! この方が教えやすいことは間違いないでしょ!」
「お、おう……まぁ、そうだな」
南瀬先生もついに本気を出すということか。これは何としても結果で応えなければ。
「で、この問題はね、まずはここに注目して……」
スッと眼鏡の位置を直した南瀬は、ペンで文章を指さしながら丁寧に解法を教えてくれる。
「次はこっち。この前教えた公式を当てはめてみて……?」
南瀬が右手を動かすたび、肘やら何やら触れ合う。隣の南瀬の息遣いまで聞こえると、鼓動が速まり、緊張してしまう。
「覚えてないの……?」
そんなことに気を取られていると、勘違いした南瀬が数日前の内容まで献身的に教え直してくれる。
(相変わらず優しい……んだよな……)
ときには厳しいところもあるけど、それは俺の成績を思ってのことなのだとわかる。
「お、覚えてるよ。こうだろ?」
「そう、正解。よくできました」
「あっ……」
南瀬は微笑むと俺の頭に手を伸ばして、撫でてくれた。ほっこりと心が温まる瞬間だ。
この飴と鞭で、俺はどこまでも頑張れる。
「————は、ハレンチです!!」
「え……!?」
「た、大衆の面前でそんなにくっ付いて……!あ、あたまなでなでまで……!」
「紬祈……!?」
「私がいつかしてあげたかったのに! そういうのは、妹だけの特権なんですよ……!?」
どこからか現れた紬祈が、瞳をぐるぐるにしながら動揺して喚き散らす。
「に、兄さんのバカ! エッチ! ヘンタイ!」
「なっ…………」
バカ?
エッチ?
ヘンタイ?
南瀬には常々言われているようなその言葉群がまさかの妹から投げかけられると、心臓がキュッと締めつけられた。
「兄さんのことなんてもう知りません!」
ぷいっと顔をそむける紬祈。
「……あはは、嫌われちゃったね〜」
「先輩安心して? 私は先輩が他の子とエッチしてたとしても怒らないよ?」
紬祈の背後からは見知った2人——どこか冷や汗を流したような表情の彩葉と、甘い笑顔を浮かべた心愛が顔を出したのだった。
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