第26話 愛のある関係

「こうして2人は永遠の愛を誓い、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。ちゃんちゃん」


 エロゲ——美少女ゲームをまたひとつ読み終えた心愛ここあはなんとはなしに呟いた。


 最近の心愛のブームはもっぱら純愛ゲー。


 主人公とヒロインが出会って、仲良くなって、告白して、イチャイチャして、エッチして、結婚する。


 大筋はどのゲームもみんなそんな感じ。


 みんな同じで飽きるじゃんって?


 いやいや、これがいいんだよ。


 これを読む人たちはみんな、夢みたいで、優しくて、御伽話みたいな恋愛を求めているのだから。


 現代人には癒しが必要なのです。


 それに面白い作品はちゃんとオリジナリティを見せてくれるしね。たまには泣かされちゃうことだってあるくらい。


 一度この夢物語に泣かされでもしようものなら魅了されちゃって、もう抜け出せないのだ。


「永遠の愛! かぁ……」


 1人の女の子としてはやっぱり憧れちゃう。


 だけどそんなものは存在しないとも思ってしまう。


 なにせここにいる心愛——いや、『私』という存在はそれそのものが奇跡のようなものだから。そしていつ終わってしまうとも知れない。


 永遠の愛どころか、死ぬまで自分が自分でいられるのかも分からない。


 心愛はそれを知っていた。


「私が消えても、先輩は覚えててくれるかなぁ」


 一介のセフレが何を言っているんだと言う話。


「お外行こっと」


 実のところインドアそのものな心愛だが、たまの休日、出かけるに越したことはない。


 たまには好みの男でも引っ掛けて——うーん、それはもういっか。


 そういう時期は終わった。


「らーめん♪ らーめん♪」


 るんるん気分で薄暗い部屋を抜け出す。


 いつか終わりが来るかもしれない日常を、心愛は欲望に忠実に生きている。




 ☆




 日曜の午後。

 イマイチ勉強に集中できなかった俺は気分転換に散歩に出かけていた。


 ——大好きですよ、兄さん。


 頭の中を何度もループするのは、妹から投げかけられた言葉。

 兄妹としての好意だとわかってはいるが、やっぱり気になってしまう。

 頬へのキスも、未だにあの柔らかい唇の感触が忘れられない。


「可愛いがすぎる。いや、エロ可愛いがすぎる……」


 昨夜もお盛んだったし。

 まぁ、年頃の女の子なのだから仕方ないのだろう。エロゲヒロインならそれくらいするさ。


 紬祈はまた恋人を作ったりしないのかな……?


「せんぱいめっけ♡」

「ん?」


 思考を巡らせながら歩いていると、突然背後から抱きつかれた。


「こ、心愛ここあ?」

「うん、先輩の心愛だよ♡」


 妹のことを考えていたらビッチな後輩が現れた。


 相変わらずビックリするくらいの銀髪美少女だ。


 拓真の周りには美少女が多すぎる。


「こんなところで会えるなんて運命かな〜。嬉しいね、先輩♡」


 ニコリと笑う心愛。

 この笑顔1つでどれだけの男が即堕ちするのだろう。


「んふ〜、せっかくだしホテル行く? 最近シテないもんね」

「行かない」

「ぶー。先輩いじわる」

「そんな時間ないんだよ。また帰ったらテスト勉強しないと」


 もっともな理由があるので上手くはぐらかす。


「私もけっこう溜まってるんだけどなぁ」


 チラチラと寄せられる視線が股間を向いているのは気のせいだと願いたい。


「まぁいっか。テストも大切だもんね。先輩が卒業できなかったら悲しいもん」

「それは言うな。辛くなる」


 マジで単位大丈夫か?

 こうなった以上、テストは死ぬ気でどうにかするつもりだが……。

 拓真のやつ、この6月くらいまででどれくらいサボってたんだろう。出席日数はどうにもならないぞ。


「じゃあじゃあ先輩、リフレッシュにミニデートしよ」

「ミニデート?」

「うん、そんなに時間は取らせないよ」

「まぁ少しなら付き合ってもいいけど……どこに行くんだ?」

「んふ〜、それはね〜」


 ニヤっと銀髪を揺らして笑った心愛に手を引かれて、その場所へ向かった。


「ここだよ、先輩♡」


 目の前の小さな建物には、暖簾が垂れていた。

 

 そして鼻腔をこれでもかと突き抜けてくる香り。


「ラーメン屋?」

「そう! らーめん! 私らーめん大好きなんだ〜!」

「へ、へぇ。そうなのか」

「先輩は? らーめん好き?」

「えと、それは……まぁ、大好きです」


 陰キャオタクは須くラーメンを愛している。

 俺もその例に漏れず、前世では星の数ほどのボッチ飯をラーメン屋と共に潜り抜けてきた。


 ラーメンは前世のメインヒロインだったと言っても過言ではない。


「よかった〜♡」


 心愛は本当に嬉しそうに破顔して両手を合わせる。


 こいつ……エロゲといいラーメンといい、俺のツボを的確に押さえてくるな……。


 ビッチのくせに!


「ここね、私のお気に入りのラーメン屋なんだ〜」


「何ラーメンの店だ?」


 匂いからある程度予想はついているが、聞いてみる。


「とんこつ!」


「ほぉ」


 美少女が進んで豚骨ラーメンとは、やるではないか。


「しかもここのとんこつらーめんはね、と〜っても濃厚ドロドロでぇ♡ す〜っごくくっさくてぇ♡ ゴックンするのが大変なくらいなんだよ〜♡ でもそれが、もうクセになっちゃうくらい美味しいの♡」


 なんだか心愛が言うとエロく聞こえるのは気のせいだろうか。いや狙ってる気がする。


「ま、まぁとりあえず入るか」


 小腹は空いてるしちょうどいい。


 何より俺も、ラーメンはめちゃくちゃ食べたかった。


 基本的に紬祈か瑞祈さんが作ってくれるから、外食の機会ってないんだよな……。


 この上なく有り難いことではあるけれど。


「うん、先輩♡」


 抱きついてきた心愛と一緒に暖簾をくぐった。




「へい濃厚豚骨ラーメンお待ち!」


 カウンターにラーメンが着丼する。


「キタキタ〜♡」


 心愛は待ってましたとばかりに瞳を輝かせた。それは蠱惑的な要素のない純粋で可愛らしい表情で、本当にこのラーメンが好きなんだなと感じる。


 俺の期待も自然と膨らんだ。


「んふ〜美味しい〜♡」


 ドロドロのスープを一口飲むと、心愛は頬っぺたを押さえて満面の笑みを見せる。


 それから一心不乱に麺を啜り始めた。


 瞳にかかる銀髪をかき分けながら、ズルズルと音を鳴らす。


「…………」


 意外と大胆な啜りっぷり。それでいてどこか美少女感を損なわない上品さがあって、思わず魅入ってしまう。


「しぇんぱい? どうかした? はやく食べないと伸びるよ?」


「ああ、うん。そうだな」


 いただきます、と小さく唱えて俺も箸を取る。


 そして心愛に負けないよう一気に麺を啜った。


「こ、これは……!」


 濃厚ドロドロ臭みマシマシな豚骨が口内を駆け巡る。


 けれど決してクドくない、しょっぱすぎない、重すぎない。


 旨みが押し寄せてくる。


 めちゃくちゃ美味ぇ……!!


 久しぶりのラーメンを貪るように喰らった。

 


「え? いいよ先輩、私お金あるよ?」


 精算をまとめて済ませようとすると、心愛に引き留められる。


「いい。俺が払う。一応、先輩だしな」

「先輩……」


 こう何度も先輩先輩言われていると、嫌でもその自覚が芽生えてしまう。


「美味いラーメン屋を教えてもらったお礼だ」


 前世では後輩なんていたことなかった。

 その後輩がこんなに懐いてくれて、エロゲが好きでラーメンまで好きだというのだから、多少甘くもなるというものだ。


(絆されてるなぁ、俺……)


 しかし、可愛いのだから仕方ない。


 ビッチだけど。


「んふ〜、先輩優しい♡ しゅき♡」


 くっ付いてくる心愛。


「やっぱりホテル行こ?」

「行かないって」


 それだけはない。


「そっか。仕方ないね」


 心愛は素直に引き下がる。


 

 ラーメン屋を後にして、帰り道を歩く。今日出会った場所あたりで別れる予定だ。


「やっぱり先輩と一緒だと楽しいな〜。らーめんもいつもよりずっと美味しかったし〜」


 ホテル行きは断ったというのに、心愛は終始ご機嫌なようすだ。


「先輩のこと、本気で欲しくなっちゃうな♡」

「……っ」


 上目遣いで、こちらを見つめる。


「なーんちゃって」


 それからにへらと表情を崩すが……


「冗談じゃないけどね」

「なっ……」


 一瞬の安堵も束の間、俺の心をこれでもかと言うほどに揺らし尽くした。

 

 逃げるように心愛は駆け出す。


「いつか先輩と、愛のあるエッチがしたいな♡」


 最後にそう言い残して、ビッチな後輩は去ったのだった。


(愛……?)


 カラダだけの関係のどこに、そんなものがあるというのだろうか。


 



————————



気晴らしの甘々新作始めました。


『彼女に浮気された俺が野生のメイドさんを拾ったらいつのまにか永久就職されていた。』


こっちは気ままに連載していきますので、よかったらどうぞ!


URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330656338883634

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