第25話 一目惚れしたヒロイン
「紬祈ちゃん早く早く!」
「ちょっと待ってくださいお母さん! そんなに急がなくても……!」
「だって紬祈ちゃんとデートだなんて、こんなに楽しいことはないもの♪ 嬉しいことはないもの♪ 紬祈ちゃ〜ん♪」
「わぷっ、お母さん、また抱きついて……」
身体を反転させて紬祈を抱きしめる瑞祈。
「紬祈ちゃんいい匂〜い♪」
「ちょ、嗅がないでください! いくらお母さんでもそれは恥ずかしいです!」
「ええ〜? いいじゃな〜い♪」
今日の瑞祈はなぜかテンションマックスだ。とてもじゃないが紬祈には止められそうにない。結局はずっと、されるがまま。
満足いくまで抱くと、瑞祈は再び手を取って忙しなく走り出す。
「お洋服を買いに行きましょう紬祈ちゃん!」
「お洋服?」
「この前、源三さんからのお小遣いで拓真くんと一緒に買ってきたでしょう? だから今度はお母さんが買ってあげる! 私の紬祈ちゃんは私色に染め上げるんだから!」
源三と拓真にかすかな嫉妬心を覗かせる瑞祈はもはや暴走列車。決して止まらない。
「……拓真くんには感謝しなきゃね」
「え?」
「なんでもなーい。紬祈ちゃんは、お母さんのことだけ考えていてね♡」
瑞祈のお勧めだという洋服店へ向かう。
「もう、お母さんったら」
そうぼやきながらも、自分の足が弾んでいるのを紬祈は自覚していた。
☆
誕生日パーティの準備をするため、源三と共に外出する。
粗方の買い物を終えて、最後は書店に寄っていた。
購入を済ませた源三が戻ってくる。
「本当にこれでいいのか……?」
「父親からなんてそれくらいがちょうどいいって」
源三の手には一枚のプレゼント封書。そこには図書カードが入っているはずだ。
「もっとカタチに残る高価なモノの方が……」
「いやいや、父親になったばかりの男がブランドモノのバッグとか、腕時計とか渡してくる方が引くって」
「ひ、引く、か。そうか……そういうものか……」
「紬祈がもっと大人になったら、そういうのも良いかもね」
俺も数日前に考えたようなことを源三に言って聞かせる。
実際俺も答えなんて分からないが、そこは頼りになる幼馴染の言うことを信じるとしよう。
家路を歩く。
世間話が得意な2人でもない。会話はなかった。しかし実の父だからか、不思議と居心地の悪さはない。
「紬祈くんとは、仲が良いようだな」
ふいに源三が口を開く。
「嬉しいことに、懐いてくれてるよ」
転生したての頃は、家を出るなんて言ってしまった。源三にとって俺と紬祈の関係は不安材料であったに違いない。安心させるように優しく言う。
「おまえは最近になって、どこかナヨっとした男になった」
「……それ褒めてる? 貶してる?」
どっちであれ、陰キャが出ているのは隠せていないらしい。
「半々だな。だが、精神的には安定したように見える」
「………………」
その精神的安定が一体いつからのモノを指すのか、俺には分からない。この転生は、源三にとってどのように見えたのだろう……。
分かっていることと言えば、たったひとつ。
「紬祈のおかげかな」
「あの子はいい子だな」
「いい子すぎて困るくらいにね」
「そうだな」
俺たちの娘で、妹には勿体無いと小さく笑い合う。
家族の想いは紬祈の誕生日を祝うことで固まっていた。
「さて、やりますかー」
我が家の庭に出て、俺は呟く。
ピロリン♪
『いいバーベキュー日和だね〜』
おい、ネタバレすんな。
それを知っているのは、家族以外に1人だけである。
「彩葉め……」
何やら今日は色んな人からメッセージが届く日だ。
『おかげさまでな。これから準備するとこ』
『いいにゃ〜! 私も行きた〜い!』
『残念、今日は家族水入らずなんだ』
『むむ〜こうなったらもう家族になるしかないかな〜』
『は?』
『妹ちゃんを私にくださいな〜』
『やらん』
『そこをなんとか〜。ちゃんと幸せにするからさ〜。なんつって、まともに話したこともないけどね』
『おい』
『ま、妹ちゃんにもよろしくってことで。ぜんぶ私の案だって伝えてね。好感度バク上げ〜』
『はいはい』
まったく、拓真のくせにいい幼馴染を持ったモノだ。
彩葉の言う通り、今日はバーベキューパーティーだ。
彩葉に提案されて瑞祈さんに確認したところ、紬祈はやったことがないだろうということで採用に至った。
「まさか拓真の知識がここでも役に立つとはね……」
リア充の王みたいなヤリチンクソ野郎にバーベキューのスキルがないわけがない。スキルマしている。
まぁ、前世の俺は一度もやったことないけど。
なので手元が覚束ないところはある。
しかし記憶としては鮮明に覚えているし、源三の助けもあってバーベキューの準備は順調に進んだ。
しばらくして、夕暮れが近づく頃。
瑞祈さんからのメッセージを受け取り、俺と源三はその時を今か今かと待ち構えていた。
「お母さん? 玄関はあっちですよ? どうして庭の方に……」
「いいからいいから〜」
2人の声が聞こえてくる。
そして、紬祈がこちらへ顔を出したその瞬間——
「「「誕生日おめでとう!」」」
同時にクラッカーを鳴らした。
「え……?」
紙吹雪を受けて放心する紬祈。
「おめでとう紬祈ちゃ〜ん! 17歳だよ〜!」
瑞祈さんが我慢ならないようすで抱きつく。
「17歳……誕生日……」
紬祈はもみくちゃにされながらも、状況を噛み砕くように口の中で反芻する。それから俺の方へきょとんとして首を傾げた。
「今日は、私の誕生日でしたか?」
「ああ、そうだよ。おめでとう紬祈」
「わぁ……ありがとうございます、兄さん……!」
一気に瞳が輝いでいく。子供のようにわんぱくな表情だ。
「お義父さんも、お母さんも、ありがとうございます!」
紬祈の言葉を瑞祈さんは更なる抱擁で、源三は照れたようすで受け取った。
「さぁ、パーティはここからだぞ」
俺はさっそく、用意していた第一陣の肉たちをバーベキューコンロへ突っ込む。
時間をかけて準備しただけあって炭火の加減はバッチリ。最高の状態だ。
「お肉!」
「親父が買ってくれた、普段はお目にかかれないお高い肉たちだ」
「お義父さんが……」
ぺこりと頭を下げる紬祈。源三はやはり恥ずかしそうで視線を逸らした。
「今日は俺が焼くからどんどん食ってくれ」
拓真の記憶をフル動員して、最高の焼き加減を見極める。
「ほら、どうぞ」
1枚目はもちろん主役へと捧げる。
紙皿にとって、箸と共に手渡した。
「いただきます……!」
3人に見つめられる中、紬祈は肉を口に運ぶ。
「ん〜♪ 美味しい。美味しいです。今まで食べたお肉で1番美味しい……♪」
満面の笑みを見せてくれた。
俺は内心、胸を撫で下ろす。
「よかった。じゃんじゃん食べてくれ。親父も、瑞祈さんも」
「わ〜い♪ おっにく〜♪ 拓真くん拓真くん、私は脂身少ないところねっ」
「了解です」
待ってましたとばかりに寄ってくる瑞祈さん。
アウトドアチェアに座り込む源三は、早速とばかりにクーラーボックスから缶ビールを取り出す。プシュッといい音が鳴った。
(いいなぁ……)
キンキンに冷えたビールを流し込む源三を思わず見つめてしまう。涎が垂れそう。
しかし今の俺は高校生。未成年である。
まぁ、拓真はそんなのお構い無しで隠れて呑んでいたようだが……。
「兄さん、ダメですよ?」
「わかってるよ」
紬祈はそれを知っているらしい。釘を刺されてしまう。
「お酒はダメですが……はい、あーん」
代わりに肉を食べさせてくれる。
焼いているとなかなか自分の食べる順番が回ってこないから助かる。
それからも紬祈は積極的にあーんをしてくれたのだった。
やがてバーベキューが一段落して、ゆったりとデザートの時間。
誕生日ケーキにはアイスクリームケーキを用意した。夏の暑さにも、バーベキューの脂を落とす意味でも最適だろう。
紬祈と瑞祈さんは特に喜んでくれた。
「紬祈くん、これを」
「私からも、誕生日プレゼントよ」
紬祈は両親から愛のこもったプレゼントを受け取った。
瑞祈さんのプレゼントはリップクリーム。
俺や源三ではあまり思いつかない品だ。
次はいよいよ俺の番。
「これ、俺からもプレゼントなんだけど……受け取ってくれるか?」
「兄さんまでプレゼントを? ありがとうございます……嬉しい……♪」
快く受け取ってもらえた。
「開けてみてもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
緊張はむしろここから。
紬祈はプレゼントの封を丁寧に開ける。
「これは……ストラップ?」
俺が選んだのは、いくつかの石を繋ぎ合わせた小さなストラップ。
値段的にも高くない。兄として重くないラインを見極めたつもり。
紬祈はこういった小物もまったく持っていないからちょうどよいと思ったのだ。
「パワーストーンでしょうか?」
「そうだね」
「何の石ですか?」
「それは自分で調べてみてもらえると」
「ふふ、そうですね。そうします」
透明感のあるグリーンの石を見つめて、紬祈は満足そうに微笑む。
石の効能はもちろん考慮して選んだが、それ以上にこの美しい緑が似合うと思った。
「兄さんだと思って、大事にします」
ギュッと、大事そうに胸元で抱きしめてくれる。
兄としてプレゼントには成功したようだ。
「あら?」
と、その時、俺の手元から潜ませていた1枚の紙が舞い落ちる。
「これは……」
「あっ、紬祈……それは……」
それは言うなれば、保険。
自信のなさの現れである。
「『何でも言うことを聞く券』?」
「ああ……」
紬祈が紙の内容を読み上げる。
幻滅されるだろうか。
これこそまるで子どものような発想だ。
しかし、現実はまったく逆だった。
「こ、これってもしかして、兄さんが私の言うことを何でも聞いてくれるのですか!?」
紬祈は高揚したようすで亜麻色の髪を揺らしながら詰め寄る。
「え、いや、その、一応、そうだけど……」
「わ〜、わ〜! 兄さんに何でも! 何でも〜♡」
どうしてこんなに興奮しているんだ!?
ストラップよりもさらに喜んで紬祈は飛び跳ねる。
「これも貰っていいんですよね!?」
「うんまぁ、おまけみたいなものだけど」
「おまけなんてとんでもない! すっごく嬉しいです!」
「い、一応言っておくと俺にできる範囲の『何でも』だからな?」
なんだか身の危険を感じ始めたので、念を押しておく。
「わかってます♪」
それからというもの紬祈のご機嫌は最高潮に達して、俺へのお願い事をあーでもないこーでもないと考えていたのだった。
そのようすを見る限り、『何でも言うことを聞く券』が使用される日はまだ当分来そうにない。
パーティが終わり、暗くなった庭で片付けをする。
源三や瑞祈さんには先に休んでもらった。
主役の紬祈にも手伝わせるわけにはいかない。
ひとりでテキパキと済ませる。
「ふぅ。こんなもんかな」
汗を拭いて、一息吐く。
思ったよりも疲れた。
しかし心地よい疲労感だ。
紬祈にあんなにも喜んでもらえて、炭火で焼く肉も美味い。これなら何度やってもいい。ハマってしまいそうだ。
「お疲れ様です、兄さん」
すかさず紬祈がやってくる。
「今日は本当に楽しかったです」
「それはよかった。準備した甲斐があるよ」
「今日は兄さんで主導でやってくれたんですよね」
「そんなことないよ。言い出したのは瑞祈さんだし、親父も今日はたくさん手伝ってくれた」
「そうですか……」
紬祈は想いに耽るように呟く。
「私は幸せ者ですね。こんなに素敵な家族に、また出会えて」
「…………っ」
その言葉を聞いた瞬間、感極まってしまいそうになる。
数週間前は地獄にいた少女が、こんなことを言ってくれて、笑顔を見せてくれる。
それだけでも、俺がここにいる意味を感じた。
最悪の寝取りゲーで、当時はあの円盤を叩き割ってやろうかと思ったものだが……
こんな今があるなら、悪くない。
「兄さん兄さん」
「ん?」
「ちょっと腰を下げてください」
言われた通り、膝を曲げて視線を下げる。
すると紬祈は俺の耳元へ口を寄せた。
「大好きですよ、兄さん」
——ちゅ。
囁いて、頬にキスをする。
「さ、先に戻りますねっ」
そうして、恥ずかしそうに頬を染めながら家へ入っていった。
俺はしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
まったく、勘弁してほしい。
月城紬祈は俺の妹で——そして、かつて一目惚れしたヒロインなのだから。
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