第24話 彼女たちの誘惑

「今日はお義父さんもお母さんもお休みなんですか?」


 翌日——つまりは紬祈の誕生日の朝。


 紬祈は珍しく朝からのんびりしたようすで勢揃いした家族を見て尋ねる。


「そうね〜。今日は私も源三さんもお休みが取れたのよ〜」

「それは良かったです。お二人とも今日はゆっくり休んでくださいね」


 そう言って紬祈は率先して朝食の準備を始めた。


 残された俺と瑞祈さん、源三は思わず目を合わせる。


 どうやら紬祈は今日が自分の誕生日だと気づいていないらしかった。


 しかしそれでも、俺たちがすることは変わらない。


 瑞祈さんが行動を開始する。


「つ、紬祈ちゃん? 今日なんだけどね? お母さんと一緒にお買い物へ行かない?」


 計画は単純明快。

 まずはお昼から瑞祈さんが紬祈を連れ出し、母娘の時間を過ごしてもらう。

 その間に俺と源三は誕生日パーティーの準備を進めるというわけだ。


「お買い物? お母さんと2人で、ですか?」

「そう! お母さんとふたりっきりで、たまにはね?」

「それはとても楽しそうですが……でも、疲れているんじゃないですか?」

「大丈夫大丈夫! お母さんとっても元気だから!」


 瑞祈さんはグッと両手を回して健康をアピールする。


「でしたら、せっかくですしお義父さんと夫婦の時間を過ごすのはどうでしょう。お二人は新婚なのですから————」


「源三さんなんて今はどうでもいいの!!」


 テーブルの向かいに座る源三がビクッと震えた。険しい顔つきで、なんだか悲しそう。瑞祈さんに悪気はないのだろうが少し憐れだ。


「きょ、今日は紬祈ちゃんの日なんだから!」

「私の日、ですか……?」

「あっ……ううん、なんでもない! なんでもないのよ〜!?」


 誕生日のことは隠し通す方針のようだ。

 まぁ、せっかく自覚がないのだからサプライズにするのもいいだろう。


「そうですか……?」

 

 不思議そうに首を傾げる紬祈。


「ええ、なんでもないから! だから紬祈ちゃんはお母さんと一緒にお買い物! ね! きっと楽しいわよ! 行きましょう!?」


「そ、そこまで言うなら……」


 控えめに頷く。


「やった〜! 紬祈ちゃんとお買い物〜♪」


「わっ、お、お母さん、抱きつかないでください……!」


「だって嬉しいんだもの〜♪」


 瑞祈さんは子供みたいに喜んで紬祈を抱きしめる。

 最初は驚くばかりだった紬祈だが、やがて両手を瑞祈さんの背中へ回す。


「私も嬉しいです……お母さんとお買い物。すごく、久しぶりで……♪」


 母娘のスキンシップはとても微笑ましいものだった。


 あとは夕方まで、瑞祈さんに安心して任せればいい。


 俺は源三と再び視線を合わせて頷き合った。




 とは言っても、午前中は普段通り暇な休日だ。


 テストも2週間後に迫ることだし、机へ向かう。


 南瀬に言われた通り、家でもちゃんと勉強しなければ。


 ピロリン♪


 スマホのバイブ音が聞こえた。


 誰かと思えば、南瀬である。


『ちゃんと勉強していますか?』


『これから始めるところ』


 おまえは俺の母親か、と言いたくなるようなタイミングだ。


『妹さんの誕生日も大事だけれど、自分のこともしっかりしてくださいね』


『わかってる。心配してくれてありがとな』


『べ、べつに心配なんかしてないわよ!? 私はただ、クラスから補習者を出したくないだけなんだから! 頑張ってね!』


 ついに敬語が崩れた。

 

『頑張るよ』


『誕生日パーティーも、いいモノにしなさいね』


 いい人だなぁ、南瀬。


 母親に勉強しろと言われたら一気に萎えるところだが、南瀬からの激励ならむしろやる気マシマシだ。


 ノートと教科書を開き、ペンを構える。


 ピロリン♪


 再びのバイブ音。

 また南瀬かなと思ってスマホを手に取る。


『せんぱーい。昨日やったエロゲなんだけどねー、これがまたすっごい面白くてー』


 ビッチな後輩こと甘露心愛あまつゆここあだった。

 エロゲの話、だと……!?

 ウズウズ。本能がエロゲトークを求めている。


『文字打つのめんどくさーい。通話しない? 心愛とたくさん話そ?』


『そのエロゲ、タイトルは?』


『マジラブ♡青春トゥインクル』


 またとんでもない名作じゃねぇか……!!

 そうだよな……エロゲをやり尽くした俺と違って心愛はまだ名作を漁る時期なんだよな。


 話したい。語りたい……!!


『せんぱーい? お話しようよー。ねーえー』


 文字列からでさえ伝わってくる媚び媚びの甘い誘惑。


「くっ……!!」


 しかし俺は、あんなにも親身になって手伝ってくれた南瀬に報いるためにも、家族を悲しませないためにも、勉強しなければならない。


 震える手でスマホをフリックする。


『また今度な』


『えー! なんでー!?』


『テスト近いだろ。おまえもしっかり勉強しろよ』


 1年生とはいえ、エロゲを理由にズル休みするようなやつだ。


『え? テストってべつに勉強しなくても授業聞いてれば点数獲れるよね?』


『その授業におまえは最近出てなかっただろうが』


『テスト前の授業だけ聞いてればって意味だよー。大体の先生はテスト範囲の復習してくれるし、よゆーよゆー』


 こいつ……天才肌か……。

 天は二物を与えず(美少女は除く)。


『さようなら』

『え!? 先輩!? せんぱーい!?』


 心愛との会話を打ち切った。

 彼女とは健全なエロゲ友達でいよう。勉強の話は2度と振らない。


 3度目の正直でペンを取る。


 ピロリン♪


「またかよ今度はなんだ!?」


 メッセージを開く。


『た、拓真さん……これが新しい私、ですぅ……』


「——ぶふっ!?」


 メッセージには一枚の画像が添付されていた。


 大胆にも胸を曝け出した真宵由桜まよいゆらのエロ自撮りだ。デカすぎる。


 先日の美容院によって、美少女度も7割増しされていた。


『ど、どうですかぁ……? 可愛いですかぁ? エッチですかぁ? たくさん褒めてください、拓真さん♡』


『もうこういうのは送ってくるな』


 即座に会話を打ち切る。


 その後、俺はスマホを持ってトイレに向かったのだった……。



 昼頃になると、予定通り紬祈と瑞祈さんが仲睦まじいようすでお出かけへ出発した。


 俺ももう少ししたら準備を始めようと思っていると——


「拓真、いるか?」


 一足早く源三が部屋へやってくる。


「親父? どうした? 準備にはまだ早いけど……」


 珍しいなと思いながら扉を開ける。


 するとそこには、いつも通りの仏頂面ながら眉を顰めて不安げな父親がいた。


「拓真……」

「な、なんだ?」


 ひどく思い詰めたようすに俺まで構えてしまう。


「娘への誕生日プレゼントとは、どうすればいい…………」


 今更かよ!?

 俺も散々悩んだ後だと叫んでやりたかった。

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