第22話 幼馴染は真ヒロイン?
「さ、できたよ〜」
やってきたのは
すでに遅い時間な上に予約していないが、特別に入れてもらえた。
「ほわぁ……こ、これが、私……ですかぁ……!?」
セットチェアに座る
「あはは、まずは見た目からってね〜」
「しゅしゅしゅしゅごいですぅ……! うぇへへへ……」
「うんうん、中身はすっごく陰キャ〜。まぁそれはおいおいだね」
人はそうそう変わらない。特に内面なんていうのは、どう取り繕おうとボロが出てしまうものだ。
俺みたいに、中身がまるっと入れ替わってしまったらまた別なのだろうが。
「でも、ちょっとは自信でたかな〜?」
「自信、ですか……?」
「キミには可愛くなる才能がある。私が保証しよ〜う」
「は、はい……! 師匠……!」
2人はすっかり打ち解けたようすで笑い合う。真宵はまだまだ固い様子だが、彩葉の柔らかい雰囲気がそうさせるのだろう。
「あ、あの、あのあのぉ……!」
「うんうん、行っといで〜」
「っ、はい!」
真宵は勢いよく立ち上がると、端の椅子に座っていた俺の方へと駆けてくる。
「——ふんぎゃ!?」
そして転んだ。
「
「う、うぅ……だ、だいじょうぶ……でしゅぅ…………」
やはり間の抜けた感じは変わらない。
しかし鼻を真っ赤にしたまま毅然と立ち上がり、よろよろとこちらへ歩いてきた。
「あ、あの、拓真さん……み、見てください、私のこと……」
「あ、ああ……」
長すぎてボサボサだった漆黒の髪は、鎖骨くらいのミディアムヘアになっていた。前髪も目に掛からない程度に流されて、煌めく瞳がよく見える。
それだけでも陰気なオーラが薄まり、明るくなったかのようだ。
加えて毛先や後れ毛が内巻きにカールしていて、清楚さの中に可愛らしさを演出する。
ほどよい垢抜け感が今の真宵にはあった。
「ど、どうですかぁ……?」
そう言いながらもモジモジとして、視線を合わせられない真宵だったが、その仕草にも可愛らしさを感じてしまう。
「……い、いいんじゃないか?」
「ほ、ほんとうですかぁ!? じゃ、じゃあ今すぐ抱いてくださ————ふぶふぅ!?」
人前でとんでもないことを口走ろうとした真宵の口を慌てて塞ぐ。
「……んにゃ?」
彩葉はきょとんとしている。どうやら聞き取れなかったようだ。
「な、何するんですかぁ……突然あんなことされたら苦しくて苦しくて、興奮しちゃいますぅ……♡」
「するなアホ。そして人前で滅多なことを言うんじゃない」
「う、うぅ……でもぉ……」
「まだまだ彩葉に教わることがあるんだろ? 話はそれからだ」
「はいぃ…………」
一つのミッションをこなしたら気が大きくなる。陰キャにありがちな思考だ。
ここはしっかり厳しくしていく必要がある。
(しかし……本当に可愛くなったな……)
1時間やそこらで、女の子はここまで変わってしまうらしい。
メイクや服装、内面がテコ入れされる日だってそう遠くないのかもしれない。
そうなったら、いや、この変わりようならもしかしたらすぐにでも……学校の男子たちが黙っていないのかもしれない。
(あれ……?)
なぜか少しだけ、胸がモヤっとした。
「なーに見惚れてるのかにゃ〜?」
寄ってきた彩葉がそっと耳打ちする。
「み、見惚れてないが!?」
「え〜? でもめっちゃ見てたじゃん? あっつい視線だったよ〜?」
「そんな事実はない。てかもう帰るぞ。店の邪魔になる」
「は〜い」
真宵はお金をろくに持っていなかったので、仕方なく代わりに支払いをする。なぜかめちゃくちゃ感動された。瞳を輝かせる彼女に目を奪われてしまう。
3人そろって店を出る。
ちらりと視界に収める真宵はまるで別人だ。
そのギャップに、今はやられているだけなのだろう……。
時間も遅いので2人を送り届けることにする。
まずは近くだという真宵の家に着いて、別れた。
「あれ、私も送ってくれるの〜?」
「まぁ、一応」
「え〜、嬉しいなぁ」
隣を歩く彩葉とは自然と歩幅が合った。
なんとなくだが、身体が知っている。
「まぁ、拓真がいた方がよっぽど危険な気するけど〜」
「おい」
「あはは。襲う? 襲っちゃう? 私ってそれなりに可愛いからね〜、襲っても文句は言わないよ?」
自分で言うか。
苦々しく見つめると、彩葉は楽しそうにコロコロと笑う。
「まぁ、もし襲ってきたら拓真であろうと容赦なく股間蹴り上げるけどね〜」
「やめろ。想像したらひゅんってなるから」
「あれってそんなに痛いの?」
「痛い。マジで死ぬ。だから本当に危機的状況じゃない限りはやるな」
「りょ〜かい」
くだらない話を終える。
幼馴染は意外にも貞操観念が固いらしい。
しばらくの無言の中、彩葉がクスクスと忍び笑いをする。
「どうした?」
「いやいや、私っていう幼馴染は相変わらず、非攻略ヒロインだと思ってね〜」
「……?」
「私はそれくらいがいいんだよ〜」
いやいやいやいや、幼馴染はガッツリ攻略対象だと思いますが? 幼馴染ヒロインがいないエロゲとかそんなんクソだろ。それだけでやる気削がれるわ。非攻略対象ならガチギレ待ったなし(個人の意見です)。
「だから、今の拓真との関係は悪くないね。お友達として」
しかし、隣の幼馴染は妙に達観していた。
エロゲで言うならルートロックされているかのよう。他ヒロイン全員攻略してから現れるグランドルートの真ヒロインですか。
あり得そうで怖いけれど、たぶん俺のこの人生は一回きりなんだ。
「そだ、連絡先教えろよ〜。うりうり」
肘で脇腹を突いてくる。
元々連絡先は交換してなかったのか……?
拓真の人間関係の中で最も実態が不透明なのが、やはりこの幼馴染らしい。
スマホを取り出して、連絡先を加える。
「あ、真宵にも教えなきゃいけないんだった」
すっかり忘れていた。
もしかしたら今もエロ自撮りが旧アドレスに……。
「じゃあ由桜ちゃんには私がやっとくよ〜」
「マジ? 助かる。てかいつのまに交換してたんだ……」
「あたりまえ〜。可愛い可愛い弟子なんだからね〜。今夜はたくさん話そっと」
突然電話がかかって来て怯えている真宵の姿が目に浮かんだ。
電話、絶対苦手だろうなぁ。俺も社会人になるまではビクビクしていた。
彩葉と話すことはそれだけでもコミュニケーション能力改善に繋がることだろう。
そんなところで、彩葉の家に到着する。
幼馴染なだけあって、旧月城家の近くだった。
「今日はありがとな。真宵のことも」
「いいよいいよ〜、私も楽しかったし〜」
胸の前で手を振る彩葉は本当に何も気にしてなさそうだ。
「じゃね。またそのうち適当に、緩~く会おうよ。幼馴染でお友達の拓真くん」
「ん、またな」
そう言って別れた。
彩葉とのフラットな関係は、気を張る必要がなくて俺にとっても心地の良いものだった。
「遅かったですね、兄さん」
帰ると案の定、紬祈が笑顔だった。
夕飯を作っていたらしく、エプロン姿。新妻感がある。
「あ、えと、連絡はしたと思うけど……」
美容院ではひたすらに暇だったので、紬祈に帰りが遅くなると連絡だけ済ませた。
理由は勉強が長引いていることにした。
「はい。そうですね、ちゃんと連絡してもらえて嬉しいです」
ですが、と紬祈は付け加える。
「遅いことに変わりはありませんね?」
「は、はい……」
「私は早く兄さんに会いたくて会いたくてたまりませんでした。とてもとても寂しかったです」
「そ、それは……ごめん」
寂しい思いをさせてしまったようだ。
素直に頭を下げる。
「大盛りです」
「え?」
「今日の兄さんのご飯は、メガ盛りです」
「お、おう……」
「やっぱりデラックス盛りです」
「どんどん増えてるんだが……!?」
妹様のストレスは俺のご飯を盛れば盛った分だけ解消されるらしい。
「たくさんたくさん食べてくださいね? もし、食べきれなかったら……」
「た、食べきれなかったら……?」
「兄妹仲良くお風呂に入ります♪」
血の繋がらない年頃の妹とお風呂……!?
ダメだろそれは犯罪だろ。
「くっ……」
俺はまた拓真に、この胃袋に頼らなければならないらしい……。
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