第21話 お洒落への道

 翌日。

 今日はあらかじめ南瀬に事情を説明して、勉強会を休ませてもらっている。

 紬祈の誕生日会の準備をするためだ。


「まずはやっぱりプレゼントかなぁ」


 と言っても、何がいいのか全然分からない。


『兄さんさえいれば何もいりません』


「なんて言われても兄さんは困りますよ……」


 ショッピングモールに来てみたはいいものの、俺は困り果てていた。


「——兄さん? って、拓真のこと?」


 その時、背後から声を掛けられた。




「にゃるほどね〜。この前の子って、妹だったんだ〜。へ〜」


 腰を落ち着けられる場所へ移動して事情を説明すると、小波彩葉さざなみいろはは明るい髪を揺らしながら、ニマニマと笑みを深めていった。


「それにしても拓真が兄……お兄ちゃん……兄さん……ねぇ〜。ぷふふっ」


 何がおかしいのか知らないが、忍び笑いが止まらない。


(選択ミスったかな……)


 もはや自分じゃどうにもならないと思ったところに出会った幼馴染。

 拓真と良くも悪くも対等に接してくれる彼女なら何か助けになってくれるかもと思ったのだが……。


「おい、小波」

「あはは、ごめんごめん。拓真が兄さんってちょっとあまりにもおかしくてさ」


 そんなにか。


「てか、な〜に? 小波って。久しぶりすぎて名前忘れた? 彩葉だよ」

「あ、す、すまん。い……彩葉」

「よろしい〜」


 満足気な笑み。今日の彼女は初めて会った時よりどこかテンションが高いようにみえる。


「んでんで誕生日だっけ? 妹ちゃんの」

「そう。なんかいいアイデアないか?」

「女の子の喜ばせ方なんて、それこそ拓真の方がプロだと思うけどね〜?」

「女子の視点が欲しいんだよ」

「はいはい。りょ〜か〜い」


 彩葉は顎に指を当てて、考えるような仕草をする。

 

「まぁ極論言っちゃえば、好きな人が一生懸命選んでくれたプレゼントなんて何でも嬉しいよね。気持ちのこもったものだもん。そうそう文句なんてない。妹ちゃんはまさにそのタイプに見えたかなぁ〜」


 俺としても、紬祈がプレゼントの内容如何で露骨にガッカリするという姿は思い浮かばない。その意見には同意できた。


 しかし、だからこそ悩んでいるのである。


 言ってしまえば何を選んでも正解なのだろうが、それ以上のものが見つからない。


 せっかく家族でする誕生日パーティーだ。特別なものにしてあげたい。


「妹ちゃんは拓真に懐いてる?」

「まぁ、たぶん」


 一緒にお出かけできるくらいだしねと彩葉は納得して頷く。


「ヤった?」

「ヤってねぇよ!?」

「にゃるほどエッチはなし、と」


 何をプレゼントに考えてるんだこいつは……。


「ちゃんとお兄ちゃんやってるんだ」

「……まぁな」

「妹ちゃんが拓真を変えたのかな?」

「……っ」


 彩葉は心の奥の奥を覗き込むかのように、こちらを真摯に見つめる。

 

「最近は嫌な噂、聞かなくなった。幼馴染としては嬉しい限りですよ。いや、今までがひっじょーに肩身狭かったわけですが? 最悪の幼馴染であったわけですが?」


 そして、俺の頭へと手を伸ばした。


「偉いね。よしよし」


 しなやかな指が髪をなでる。なんだか心をくすぐられるかのような感覚。しかし嫌ではない。むしろ心地よかった。


「……なんだよ、いきなり」


 今までの拓真に対するものとは少し異なる距離感。こんなスキンシップは決してなかったはず……。


 やはりこの幼馴染は俺には理解できそうにない。


 拓真は、どうだったのだろうか……?

 拓真は彩葉をどう思っていたのだろう。

 

「さぁ、なんだろね〜?」


 それから彼女の勧めで、一緒にショッピングモールを回ることになった。




「どうだね、いいもの買えたかね?」


 買い物を済ませた後、彩葉が問いかけてくる。

 

「さぁ? わかんね」

「だよね〜。私も妹ちゃんのことよく知らんし、極論わかんね〜」


 たははと惚ける。


「でも、最初に言ったことが結局全てだからさ。あんま心配しなくていんじゃない〜?」


「ん、ありがとう。助かった」

「どーいたしまして。私も楽しかったよ」


 相変わらず緩めに笑う彩葉だったが、それは記憶の中のどの表情よりも柔らかく感じた。


「で、本題なんだけどさ」


 転じて、真面目な表情になる。


 ジッと見つめる瞳。

 初めて会ったときもこんなことがあった。


 表層ではなく、もっと奥深くへ向けられているような視線。


(まさか、俺に気づいている……!?)


 誰よりも拓真を知る幼馴染なら有り得ない話じゃない。

 

 緊張して次の言葉を待つ。時間が途方もなく長く感じられた。


 そして——


「そこだ〜〜〜〜!!」

「きゃわぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああああ!?!?!?」


 彩葉は俺の真後ろの物陰へ走り込むと、真っ黒な塊を引っ張りだした。


 奇怪な悲鳴があたりに響く。


「ま、真宵!?」


 それは昨日説得(?)して別れたばかりの少女、真宵由桜まよいゆらだった。


 もしかして今日もまた俺の後をつけていたのか……!?


 昨日のことですっかり片付いた気になってしまっていた。


「拓真、この子ストーカー!」

「す、ストーカーじゃないですぅ……わ、わたしはただ、拓真さんを見ていただけでぇ……」

「それをストーカーと言うのだよ〜」


 どうやら彩葉はずっと真宵の存在に気づいていたらしい。


「彩葉、そいつ一応知り合いだから。離してやってくれ」

「え、そうなん? あーいやいや、だとしても痴情のもつれとかじゃない? 拓真ってたくさん恨み買ってそうだし〜? 手放した瞬間刺されない? やだよ血みどろ」


 まぁそう言われればそうなのだが……


「ひぃぃぃ……怖いよぉ怖いよぉ……イジメないでくださいぃ……」


 メソメソと泣き腫らしている真宵。


「大丈夫だ。害はない」

「おっけ〜」


 パッと手を離して真宵が解放される。


「た、拓真さん〜〜、怖かったですぅ…………」


 すぐさま俺に縋り付いてきた。

 

 陰キャ女子が今どき女子に取っ捕まる状況には多少の同情を覚える。

 

 泣き止むまで背中を撫でてあげた。


「どうしてまたストーキングしてたんだ?」

「た、拓真さんまでストーカー扱いするんですかぁ……?」

「うん」

「うわぁぁぁん……」


 まぁ実害ないからべつに構わないけどね?


 それはそれとして話を進めよう。


「私、頑張ったんです……昨日お家に帰ってからお洒落とか色々調べて、可愛くなろうと……」


 真宵はウジウジと指いじりしながら語る。


「でも、ぜんぜん分かんなくてぇ……横文字多すぎでぇ……なんなんですかなんなんですかあれぇ……うあああぁぁあああ……」


 お洒落レベル0の真宵には難易度が高すぎたらしい。

 

 潜在的なセンスが高そうな紬祈でさえ自分で服を選ぶことには躊躇いを見せていた。


 お洒落やファッションのセンスというのは一朝一夕で身につくものじゃない。


「だ、だから、まずは今一度、観察しようと思いましてぇ……」

「観察?」

「はい……。かっこいい拓真さんの周りには可愛い女の子が集まりますから。彼女たちを見て、お勉強できたらなってぇ……」

「……なるほどなぁ」


 たしかに俺の周りには拓真のおかげもあって美少女が多いかもしれない。


 思わず彩葉の方へと視線を向ける。やはり美少女だ。しかも紬祈や心愛のような完全な天然モノとは異なる、ほどよくお洒落に気を遣っているタイプ。


 自然と真宵の視線も彩葉へ向かう。


「んにゃ? 私?」

「とっても可愛いですぅ……♪」

「そ、そうかにゃ〜? あはは〜」


 真宵の褒め言葉に満更でもなさそうな彩葉。


「まぁ朧げだけど話はわかったよ」


 そして頷くと、真宵の前へ歩み出た。


「可愛くなりたいの?」

「は、はい……! なりたい、ですぅ……!」


 真宵が気合い十分で言うと、彩葉はにぃっと笑んで手のひらを差し出す。


「なら私が、キミをとびきり可愛くしてあげよ〜」

「ほ、本当ですかぁ……!?」

「まぁ素材は悪くなさそうだしね。私も楽しめそう」


 彩葉は自ら、宙を彷徨う真宵の手を取った。


「私は小波彩葉。師匠って呼んでいいよ?」

「ま、真宵由桜ですぅ。よろしくお願いします、ししし師匠っ!」

「こちらこそよろしくね〜。由桜ちゃん」


 こうして奇妙な師弟関係が誕生した。


 かすかに覗く真宵の瞳は嬉しそうに輝く。


 初めはどうなることかと思ったが、これはきっと、いい出会いというやつだろう。

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