第19話 汗拭きタオル

「お疲れ様。はいこれ」


 ボランティアが終わると、南瀬からペットボトルのお茶を手渡される。


「勘違いしないで。これは参加者全員に配られるやつだから」

「お、おう」

「それから、これも」


 次にサンドウィッチを手渡される。

 市販のものではなく、手作りっぽい。


「か、勘違いしないでよね。これはいつも私が皆さんに配ってるものだから。決してあなたのために作ったわけじゃないから」

「お、おう」

「……あなた、カラダ大きいわよね」

「へ? ……まぁ、そうだな?」

「いっぱい食べるわよね」

「まぁ」


 チラチラと忙しなく俺のようすを窺う南瀬は、懐からもうひとつサンドウィッチを取り出した。


「じゃ、じゃあこれもあげる」

「みんなに配るんだろ? 俺だけ2つもらうのは……」


 しかも一つ目よりパンが大きく、具材もたくさん入っている。


「いいから、食べなさい! 私が心を込めて作ったんだから!」

 

 胸元に押し付けられて、やむなく受け取る。


 これ以上遠慮しても余計に機嫌を損ねそうだし、初ボランティアの報酬だと思っておくとしよう。


「それから……」


 南瀬はなおもぷりぷりしたようすながら俺の方をチラ見する。


「あなた、すごく汗かいてる。タオル持ってないの?」

「ああ、持ってくればよかったよなぁ。ボランティアってけっこう重労働なのな」


 正直、舐めていた。


「当たり前よ」


 南瀬はタオルを取り出す。


「……ほら、ちょっと屈んで。顔こっち」


 どうやら拭いてくれるつもりらしい。

 サンドウィッチとお茶で両手が塞がっているため、有り難く従った。


 南瀬のタオルが首元を優しく撫でる。


「……ちょっと湿ってる?」

「なっ、バッ、し、仕方ないでしょ!? これ一枚しかないんだから!?」


 つまりこのタオルは南瀬の使用済み……?


 なんだか顔が熱くなった。


「……なによ。嫌なら、やめるし……」

「い、いや、気にしない。気にしないので、お願いします……」


「ふん」


 南瀬は終始怒っているようだったが、思いのほか丁寧に汗を拭き取ってくれた。


 南瀬とたくさん話せたし、ボランティアに従事するのもなかなかに気分が良く、充実した時間を過ごすことができた。





「兄さん、どこに行っていたのですか?」


 陽が高くなってきた頃、ボランティアを終えて家に帰るとすでに目を覚ました紬祈が迎えてくれた。


「ちょっとボランティアで海岸清掃に」

「ボランティアですか? 兄さんが行くなら私も行きたかったです」

「紬祈はよく眠ってたからな」


 よく眠っていたというのは事実であり建前でもある。


(朝は紬祈と話すのめちゃくちゃ気まずいんだよな……)


 というのも、以前の紬祈の深夜オ○ニー。

 それは不定期で開催されるイベントと化していた。具体的に言うと、2.3日に1回といったところか。特に休日に入る金曜日は激しいような気がする。


 昨夜もそりゃあもう凄かった。


 そんな妹にベッドで話しかける勇気は俺にはない。


「ところで、そのサンドウィッチは何ですか?」

「ああ、これは南瀬に貰ったんだ」

「南瀬さん……風紀委員長ですか?」

「そうそう。ボランティアのことも南瀬に教えてもらったんだ。これもイメージ払拭の一環かな」


 心愛の時のようなやましいことは欠片もない。


「なるほど。では、次のボランティアの際は必ず私も同行しますので、よろしくお願いしますね。兄さん」


「ムリして紬祈まで俺に付き合う必要はないぞ?」


「必ず同行しますので、よろしくお願いしますね」


「……はい」


 圧に負けた俺は素直に頷いた。

 


「どうぞ召し上がれ、兄さん」


 その後は紬祈が朝食を用意してくれた。

 南瀬のサンドウィッチがあるからわざわざ作って貰わなくても大丈夫なのだが、やはり俺に拒否権はなかった。

 オムレツやサラダ、スープなど、わりとガッツリある。


 最近の紬祈はすっかり料理にハマっているらしい。お弁当だけでなく、朝食や夕飯も毎日のように手伝っていた。


「どうですか? 美味しいですか? 兄さん」

「うん、美味しいよ」

「えへへ、よかったです」


 こうやって、作った料理を喜んでもらえるのが何より嬉しいようだ。


「南瀬先輩のサンドウィッチとどっちが美味しいですか?」

 

 そして常に自分が一番でありたいのが紬祈だ。


「紬祈の方が美味しいよ」

「そうですかそうですか♪」


 今回は紬祈を立たせてもらうとしよう。

 南瀬のサンドウィッチも、もちろん美味しいが。


 紬祈の笑顔を見ていると、俺も食欲が湧いてくる。あっという間に全て食べ終えた。


「ちなみに紬祈は欲しいものとかある?」


 さりげなく……でもないが、誕生日を見据えて聞いてみる。


「兄さんさえいれば何もいりません」

「そ、そういうのじゃなくてだな……」

「兄さん♪ にいさーん♪」


 完全に甘えるモードに入ってしまった紬祈はここぞとばかりにすり寄ってくる。

 

 結局、あまり参考になる話を聞くことはできなかった。




 ☆




 週明けの放課後。

 俺はさっそく図書室へと向かう。


 紬祈には先に帰ってもらうことに。最初は一緒に図書室へ行くと言って聞かなかったが、夕飯の準備もあるため引き下がってくれた。

 俺ばかり自分のことをしていて申し訳ないが、特に今週は誕生日のこともあるため別行動ができるのは助かる。


 図書室にはすでに南瀬がいた。眼鏡をかけている。それが学習時のスタイルのようだ。


「今日はよろしく」


 そう言って向かいの席に着く。


(ん……?)


 その時、貸し出しカウンターのあたりから視線を感じたような気がした。


(そういえばここはの根城か……)


 見てみるが、その姿は確認できなかった。


「どうかした?」

「いや、なんでもない」


 あちらから関わってくることなどないだろう。せっかく、拓真の魔の手から解放されたのだから……。


 俺もまた、不干渉を貫くことにした。


「じゃあまずはこれを解いてみて?」

「これは?」

「小テストみたいもの。まずはあなたの実力を知りたいから」


 見たところ、手作りのようだ。空き1日の間にこんなものを作ってくれるなんて……。


 感謝してテストに臨んだ。



 ——数十分後。


「酷いわね」

「ごめんなさい」


 採点が終わり、俺はとりあえず誠意を込めて頭を机に擦り付けた。


「現代文と歴史以外は目も当てられない。これでどうやってこの高校に受かったのかしら……」


 実際俺は受験してないのだから仕方ない。


 ちなみに、現代文だけは満点。これがエロゲ特化オタクのチカラだ。文章を読むことだけは任せてくれ。行間まで読める。

 歴史も関連した物語がけっこうあるから得意な方だ。


 理系科目? 知らん。

 量子力学ってなんかカッコいいよね。


「本当ならゼロから教えるべきなんだろうけど……そんなことしたら小学生からやり直しね。時間がいくらあっても足りないわ」


「面目ない」


 もはやいつものように感情的に喚いてくれることすらなく、ガチトーンで頭を悩ませる南瀬にマジで頭が上がらない。


 やがて南瀬はふぅっと息を吐いた。


「今回はテストで点数が獲れるように、要点を絞って教えます。あくまで応急処置。受験ではあまり役に立たないでしょうから、肝に銘じなさい」


「はい」


 俺にとってはそれで十分だ。

 今はテストを乗り越えることが先決。


「まずは英語から話しましょうか。長文は意外と読めてるのよね」

「まぁ、やんわりと?」


 知っているわずかな単語から内容を類推しているだけだ。ここでも読解能力と読書経験が役立っている気がする。エロゲって万能だ。


「僥倖よ。長文は短時間じゃどうしようもないから、そのまま雰囲気でやりなさい。当たればラッキーで」


 真面目な南瀬とは思えない発言だが、それほど今の俺の学力はどうしようもないのだろう。

 

「出題範囲の英単語は徹底的に覚えてもらいます」

「それってどれくらい?」

「300」

「うげぇ……」

「少ない方よ。大学受験となれば4000〜6000語は覚える必要があると言われているわ」


 目が回りそうな数字だ。


「テストまであと3週間、地道に覚えていきましょう。そうね……毎晩家で覚えてきてもらって、また今日みたいにテストしましょう」

「おお……」

「できないの?」


 ちょっとムッとする南瀬。


「い、いや、できます。できますとも」


 ここまでしてもらって泣き言は言えない。俺はあえて胸を張った。


「よく言えました」


 珍しく穏やかに笑ってくれる。


「もしテストでいい点を獲ったら、その、ご褒美があるかもしれないわよ……?」

「え、ご褒美? もしかして南瀬が何かしてくれるのか?」


「え、ええ。そうよ。だから頑張りなさい?」

「俄然やる気がでてきた」

「もう、現金なんだから」

「あの南瀬のご褒美だからな。そりゃやる気100倍だよ」

「100倍って……そこまで期待されるようなものじゃないわよ……」

「楽しみだなぁご褒美」

「私のハードルを上げる前にまず自分が結果を出しなさい!」


 最後にはいつも通り、怒られた。

 しかしボランティアに参加した甲斐あってか、南瀬との心の距離は少し近づいているような気がする。


 それから今日のところは、各科目の勉強計画を立てたのだった。


 その間も時折背後から視線を感じていたが、俺は気にしないことにした。

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