第17話 妹と寄り道
「むぅ〜〜〜〜」
意外にも快く引き下がってくれた
「つ、紬祈?」
「ぷい」
声をかけるも、あからさまに顔を逸らされてしまう。
(こ、これは……っ)
胸に突き刺さる痛み。
なかなかに心的ダメージがデカい。
妹からの塩対応がこんなにも辛いものだったなんて、俺もよほど兄としての自覚が出てきたらしい。
いち早く、どんな手を使ってでも紬祈の機嫌を直さなければ。兄として俺は生きていけなくなってしまう……!
「少し寄り道してもいいか?」
「…………寄り道?」
「紬祈と行きたいところがあるんだ」
「私と行きたいところ……そ、それはもしかして、いわゆる放課後デートのお誘いでしょうか!?」
可愛らしい仏頂面が解けて、パッと話題に飛びついてくる。
「え? 放課後デート? そ、そうかもな。うん、そうだな。放課後デートだ」
ここはノるっきゃない。
「デート……! 兄さんとデート! 行きます! すぐ行きましょう! 兄さん!」
「お、おう……じゃあえっと、こっちだな」
家路から進路を変えて、賑わう駅前の方へと足を向ける。
「えへへ……デート♪ デート♪」
途端に気を良くした紬祈は、弾む声音で呟きながら頭を擦り付けてきたのだった。
「兄さん、ここは?」
「なんだと思う?」
とある出店の前へとやって来る。
かなりの人気で10人以上の列ができていた。
「アイスクリームのお店でしょうか」
「惜しい。答えは、ジェラートだ」
「ジェラート? えっと、イタリアのアイスクリームのことだったでしょうか。テレビで見たことあります」
「そうそう。意味的にはアイスクリームと同じ。アイスクリームより口あたり滑らかで、濃厚な味わいが楽しめるのがジェラートかな」
拓真の知識を披露する。
俺は実際食べたことないので、完全なるにわか知識だ。
「もう夏だし、暑いからさ。放課後のおやつにはぴったりだと思って」
その証拠の長蛇の列。みんな考えることは同じなのだろう。
最近できたこのジェラート店は一瞬にして商店街の人気スポットへと上り詰めていた。
「たしかに少し暑いですもんね。楽しみです、冷たくて甘いジェラート……♪」
隣で一緒に列へ並び始めた紬祈は、白い肌に健康的な汗を流していた。ハンカチで軽く拭っている。
「ちょっと離れた方がいいんじゃないか?」
くっ付いているとより暑さが増すだろう。
「いえ、このままで」
「でも……」
「このままがいいんです」
「そ、そっか……」
よくよく見れば、並んでいる人たちは殆どが男女カップルだった。
その中でも1番と言っていいくらい身体を寄せ合っている俺たちがただの兄妹というのも、おかしな話だった。
15分ほど並んで購入を済ませる。近くのベンチへと移動して、腰掛けた。
俺は王道のバニラを選んだ。
隣の紬祈はと言えば……
「わぁぁ……!」
3段のジェラートに目を奪われていた。
味は俺と同じバニラに、ストロベリー、そして季節限定のピーチ。果物系は果肉もゴロゴロと入っていて美味しそうだ。
「た、食べていいですか? 食べますよ? 食べちゃいますよ?」
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます……!」
紬祈はスプーンでジェラートを掬う。それさえも興味深そうにまじまじと観察したのち、満を持して口に含む。
「ん〜〜♪」
そして、最上級の笑顔を見せてくれた。
あっという間に食べ終える。
「……機嫌直してくれたか?」
「え? あ、そうですね」
まるで忘れていたかのように紬祈はきょとんとして、瞬時に表情を引き締めた。
「私はべつに不機嫌だったわけでもなければ、兄さんとのデートや甘ーいジェラートで簡単に絆されるような軽い女でもありませんが……」
ちらとこちらのようすを窺うように視線を寄せてくる。
「でも、今日だけは兄さんの思惑通りになってあげます♪」
悪戯っぽく笑った紬祈は、もうすっかりご機嫌に見えたのだった。
夕食後——
「拓真くん拓真くん」
手伝いの皿洗いをしていると、紬祈が席を外したタイミングで瑞祈さんに手招きされる。
「どうしました?」
「ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「もちろん、何でもしますよ」
安請け合いだが、それでもいいと思うくらいには母である彼女を信頼していた。
「ありがとう拓真くん、愛してるわ♪」
「そ、そうですか。それはどうも」
「そこは俺も愛してるよって言ってくれるとお母さん嬉しかったなぁ」
「そ、そういうのは親父とお願いします……」
息子へ向ける親しみが少々深すぎるのがたまにキズだが……。
瑞祈さんは美人なので、母として見るように心がけないとふつうに緊張してしまう。
「それでね、お願いなんだけどね」
「はい」
「来週末、紬祈ちゃんのお誕生日なの」
「ああ、そうでしたね」
「あら知ってたのね」
先日の質問合戦で紬祈の基本情報は手に入れていた。
「それなら話が早いわ。紬祈ちゃんのお誕生日にはね、私と源三さんもお休みとるから。家族の時間を作れたらって思ってるの」
「それはいいアイデアですね」
「そう? よかった、拓真くんにもそう言ってもらえて」
瑞祈さんはホッと愁眉を開く。
「私ね、今まであんまり紬祈ちゃんのこと構ってあげられなかったから……だから、新しい家族ができた今年はしっかりお祝いしてあげたいんだ」
シングルマザーとして紬祈を育ててきた瑞祈さん。再婚した今も変わらず、毎日忙しく仕事に従事している。
そんな彼女にとってきっと紬祈は本当にいい子で、手のかからない子だっただろう。
しかし母としてはむしろ、それが不安なのかもしれない。
最近の紬祈の年相応で可愛らしいようすを見ていると、切にそう思った。
「俺も協力します。いい誕生日パーティにしましょう」
「ありがとう拓真くん、ほんとに頼もしい。愛してるわよ♪」
「だ、だからそういうことはあまり……」
「ふふ、恥ずかしがっちゃって可愛いわ〜♪」
俺のことを思う存分からかった瑞祈さんは、いつもに増して若返ったかのような元気いっぱいなようすで笑っていた。
(親父と瑞祈さんにはあまり準備する時間とかないよな……)
余裕のある俺が率先して行動するべきだ。
瑞祈さんにそう申し出る。
(そうなるとプレゼントにパーティの準備……レストランを予約するか? それとも家で家族水入らずの方がいいのか……)
色々と考え始める。
家族の、妹のためにこんなことをしようと思うことすら初めてで、俺自身も少しワクワクしていた。
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