第12話 ただの幼馴染

 ショッピングモールに併設された雑貨屋やインテリアショップをまわって、紬祈が気になったものを色々と購入した。両親への気持ちばかりのプレゼントも用意したので喜んでもらえるだろう。


「兄さん、荷物重くないですか? 私も持てますよ?」

「大丈夫大丈夫。チカラ仕事は任せてくれ」


 前世では考えられなかったセリフに内心苦笑いするが、実際筋力は有り余っていた。


 購入品は全て持たせてもらう。


 とは言ってもけっこう歩いたし、少し休みたいかな。紬祈も疲れただろう。


「あれ? 拓真?」


 そのとき、通りかかった同年代の女の子がこちらを見て立ち止まった。


「なんか久しぶり〜」


 やんわりと笑みを浮かべて寄ってくる。

 茶系の明るい髪。肩くらいの長さ。

 垢抜けた雰囲気でほどよく今どきの少女だ。

 

「お、おう……」


 俺にとっては初対面だが無視するわけにもいかず、小さく返事する。

 

「え〜? ちょっとそっけな〜。久しぶりに会ったでしょ〜?」


 のんびりとした口調ながら、流れるように肘で突いてくるボディタッチ。


 距離感が近い……!


 荷物で手は塞がっているので、さりげなく上体をそらして逃げた。


「相変わらず女の子連れてんね。色男め〜。てか、今回の子やっば、超絶美少女じゃない?」

「え? ちょ、あの……?」


 唐突に自分へ会話の矛先が飛んで動揺する紬祈。


「いかにも拓真の好きそうなタイプだにゃ〜」


 ニマニマとしながら紬祈を隅々まで観察すると、なにか納得したかのようにうんうんと頷いた。


 視線が俺へ戻ってくる。


「ま、邪魔しちゃ悪いしここらで失礼しようかな。私も予定あるし」


 ほっ……。

 その発言に俺は少し安堵した。

 いきなり美少女に話しかけられるのはやっぱりハードル高い。陰キャにはストレスだ。


 しかも彼女ことは記憶を覗いても何を考えているのかさっぱりわからない。

 のらりくらりとマイペースな彼女は、いつだってポーカーフェイスであるらしい。

 拓真でさえ、その独特な雰囲気を掴みきれずにいた。

 

「ねぇ、拓真」


 立ち去るかに思われた間際、一気に距離を詰めてくる。

 鼻先数センチで大きな瞳がこちらを見つめていた。

 その真剣な表情は、まるで何かを確かめているみたいに見えた。俺の顔や瞳じゃなくて、もっと奥深くを覗いているような。


「な、なんだ……?」

「うんにゃ……べつに、なんでもないや。じゃね、また今度」

 

 今度こそ雑踏の中へと消えていった。


 話についていけてない紬祈がこてんと首を傾げる。


「あの人は結局どなたなんですか?」

「……昔の知り合い。学校も違うし、紬祈はあんま気にしなくていいよ」


 出会うこともそうそうない。


 小波彩葉さざなみいろは

 ただの幼馴染。

 ヤリチンクソ野郎な拓真にしては珍しく、手を出したことのない女の子だった。



 その後は、休憩もかねて喫茶店にやってきた。


「スイーツ……!」


 席についてメニューを開くと紬祈は興奮をあらわにした。

 服選びよりもさらにハイテンションなようすだ。


 オタクの理想たるエロゲヒロインは等しく甘いものが好きである。


 紬祈もその例外ではなかった。


「何にする?」

「またしても迷ってしまいますね……」


 メニューとの睨めっこが始まる。


 まぁ、服と違って今度は好きなモノを選べばいいから気楽だろう。変なメニューを頼んだりしない限り失敗はしない。


 紬祈はたっぷりと10分ほど頭を悩ませた末にパンケーキを選択した。

 俺は甘いモノがそこまで得意でもないので、チーズケーキだ。

 加えて、2人分のコーヒーの注文を済ませる。


「ん、甘い……♪ 」


 紬祈はメープルシロップをたっぷりかけたパンケーキを小さく切り取って生クリームとバニラアイスをちょこっと乗せると、お上品に口へ運んだ。


「とっても甘くて、とっても美味しいです、兄さん」


 頬をおさえてうっとりと囁く。

 その幸せそうな顔を見るだけで、俺の幸福度も上がっていくかのようだ。そのつもりはなくとも、紬祈のことを見つめてしまう。


「……? 兄さん? 私の顔に何かついてますか?」

「え? ああ、いや、なんでもないよ」


 そう言って俺は自身のチーズケーキを食べる。滑らかな生地が口の中で解けて、濃厚なチーズの旨みが広がってゆく。


「チーズケーキも美味しいですか?」

「うん、美味い」

「そうですか……」


 今度は紬祈がポーッとしたようすで俺を見つめている。いや、違う。視線はもう少し下。チーズケーキに向いていた。

 

「……食べる?」

「い、いいんですかっ? あ、でも人のモノをねだるなんて、はしたないですよね……」


 しゅんと語尾をすぼめていく紬祈。

 清楚な気質が許さないらしい。


「いいよ。気にしないで。家族なんだし」


 家族なら食べ比べくらいなんともない。


「そ、そうですか……?」

「ぜひどうぞ。感想を教えてよ」

「感想……そういうことでしたら……」


 納得してくれた紬祈へチーズケーキのお皿を渡そうとする——


「……あーん」


 が、紬祈はその場で小さな口を開いた。


「つ、紬祈……!?」

「……え? あ、ごめんなさい!? てっきり兄さんが食べさせてくれるのかと……私ったら……うぅ……」


 勘違いに気づくとカァッと頬を染め、縮こまってしまう。

 

「あの、チーズケーキ……いただきます……」


 紬祈は自分でチーズケーキを食べようとするが……俺はその皿を奪い取った。


「あっ……」


 ケーキを切り取って、紬祈の方へ差し出す。


「どうぞ。あ、あーん……」

「兄さん……?」

「お弁当のとき、俺もしてもらったからな。その、お返しだ……」


 やばい、手、震えそう。

 周囲のお客の視線がめちゃくちゃ気になる。


「死ぬほど恥ずかしいから早くしてくれると助かる……」


「は、はい。えっと……あー、んっ」


 ぱくっと、可愛らしくチーズケーキへ食いついた。しっかりと丁寧に咀嚼を繰り返す。

 

「どうだ……?」

「とってもとっても、美味しいです」

「そっか」

「はい」


 なら、よかった。

 寿命を削った甲斐がある。いや、マジで。


「さて、大体の用事は済んだな。これからどうしようか。帰る?」


 スイーツを食べ終えると、コーヒーを啜りつつ尋ねる。

 

「兄さんは何かしたいこと、ないのですか? お付き合いしますよ?」

「いいのか?」

「もちろんです」


 ありがたい。


「それなら——」



 俺たちは同じくショッピングモール内のスマホショップへと足を運んだ。


「おぉ……ようやくスマホが我が手に……!」


 店をでると荷物を一旦置いて、現代人に欠かせない文明の利器を片手に掲げる。

 

 1週間ぶりの再会だ。


「よかったですね、兄さん」

「ああ……っと、ごめんな、時間かかっちゃって」

「いえ、元々私のお買い物に付き合ってもらったのですからこれくらいは当然です」


 拓真の口座には幸いにもそれなりの金があった。今回はそれを使ってちゃちゃっと最新機種で契約させてもらった。


「兄さん兄さん」


 紬祈は自分のスマホを取り出す。


「連絡先、交換しましょう?」

「お、おう。そうだな」

「私が最初のお友達、ですよ」


 ピコンと通知がなって、連絡先一覧の1番上に紬祈の名前が追加された。


『よろしくお願いします、兄さん』


 すかさずそんなメッセージ共に、動物のスタンプがひとつ。


 なんだかむず痒いやりとり。


 そういえば前世でメッセージのやりとりって仕事関連しかしたことない……。


 どう返せばいいのか悩んだ結果、


『こちらこそよろしく』


 と無難に返したら紬祈は嬉しそうに微笑んでくれた。


 これで本当に、今日の用事はすべて終了だ。


 欲しいもので言えばPCもあるのだが、とりあえずは保留。エロゲやりたいけど、今はリアルに尽力しないとだからな……。そして、紬祈がいる家でやる度胸もなかった。


 帰るとしよう。


 と、その前に……


「す、すまん、ちょっとお手洗いに……」

「わかりました。ここで待ってますね」


 もう我慢の限界。家までもたない。

 荷物を置かせてもらったまま、俺はトイレへ駆け出した。


 ソロじゃないお出かけって、トイレに行くタイミングがわからない……。



 ☆



「お嬢ちゃん可愛いね、ひとり?」


 拓真がその場を去ってすぐ、2人組の男が寄ってきた。


「……違います。兄を待ってるんです」

「え〜お兄さん? 休日を家族と過ごすなんて寂しくない? 俺たちと遊んだ方が絶対楽しいよ?」


 男はニヤケ面を深めて、さらに近寄る。


 家族を蔑ろにするセリフが少々癇に障る。


 しかし紬祈は頻繁に外へでるタイプでもないため、こんなあからさまなナンパには慣れていない。


 身体の芯に緊張が走った。

 

「ね、いいでしょ? ちょっとだけ。絶対楽しませてみせるから」


 ついには手を伸ばしてくる。


 欲望に染まった男の顔。

 その顔が紬祈のトラウマを刺激する。


 もう拓真のことなら怖くないのに……。


 男の手が触れた瞬間、身体に刻まれた恐怖は反射的に現れる。


「————っ、触らないでください!」


 気づいたときには、叫んでしまっていた。 



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