第11話 デートですか?
土曜日——今日は紬祈と買い物に行く約束だ。
「兄さん、それでは出発しましょうか」
「ちょっと待った」
昼頃、出かける準備をしてきた紬祈を見て俺は待ったをかける。
「どうかしましたか?」
「その、なんで制服なのかなと」
紬祈は高校へ行くのと変わらない制服姿だった。
「外に着て行けるような私服は持っていないので。その点、制服ってとても便利なんですよ。どこにでも来て行ってもおかしくありません」
「いや、そうは言ってもなぁ……」
制服がいけないわけではない。むしろよく似合っているし、うちの学校で最も着こなしていると言ってもいい。
しかし女子高生として、週末まで制服でお出かけとはいかがなものだろうか。
そう言えばゲームの立ち絵も制服しかなかったな……あれってそういうことだったの?
……制作費の問題ですねごめんなさい。
というのは置いておくにしても、紬祈が今まで自分のことにお金を使ってこなかったのは事実。
元々の素材がズバ抜けて良く、ありのままでも学園1の美少女に上り詰めてしまう彼女はお洒落にとんと無頓着であるらしい。
「制服、ダメでしたか?」
「まぁ、ダメ、かな」
言いにくいが。
「ど、どうしましょう……他の服なんて……」
「買いに行こう」
本日最初の行き先が決まった。
さっそく家を出て、兄妹そろって歩き出した。
「でも兄さん。私、お洋服のお店なんてわかりません」
「大丈夫。俺が知ってるから、案内するよ」
拓真が遊び歩いていたおかげで、近隣のお店や施設には詳しい。
記憶を覗くたびに隣にいる女性が違うのはいただけないし、初めて行くはずの場所を知っているというのは妙な気分になるが。それを除けば便利に使わせてもらう。
なるべく学生向けの店へ向かうことにした。
「わぁ」
清潔で落ち着いた雰囲気の店内へ足を踏み入れると、紬祈は両手を合わせて声を漏らす。
「こういう店は初めて?」
「はい、慣れてなくて……なんだか浮き足立っちゃいますね」
うずうずして落ち着かないようすの紬祈。
かくいう俺のお洒落に対する意識レベルも紬祈と変わらないかそれ以下だ。
前世ならこんな店、緊張して絶対に入れなかった。今は拓真の記憶があるので平静を保っていられるし、勝手もわかる。
「見てみてもいいですか?」
「どうぞ」
ろくな私服を持っていないと言っても、興味がないわけではないのだろう。紬祈は見るからに瞳をキラキラさせてはしゃいでいる。
普段大人びていている彼女の年相応な姿だ。
「あ、これ可愛い。こっちはちょっと大胆ですかね。あっちの服は——」
紬祈は夢中になって服を見て回った。
「兄さん兄さんっ」
やがて亜麻色の髪を振り乱して俺の元へ戻ってくる。その姿はなんだか小犬っぽい。
「どうした?」
「選べません」
「え……?」
「どの服も可愛くて、見る分にはとても楽しいのですが自分のモノを選ぶとなると、どんな服が自分に似合うのかさっぱりわからないんです」
「あー、なるほど……」
言われてみればそうだ。
今まで私服を気に掛けてこなかったのにすぐに自分に合ったスタイルを見つけるのは難しい。
好みの服と、自分に似合う服にだって乖離がある。
紬祈ほどの美少女ならどんな服でも似合うという暴論もあるにはあるが……。
俺にはアドバイスができるような知識がない。
「すみません」
となれば、残る手段はひとつだ。
俺は近くの女性店員さんの顔に覚えがないことを確認しつつ、声をかける。
「いかがなさいましたか?」
「この子の服を買いたいんですけど、似合いそうなものをいくつか選んでもらえますか?」
「かしこまりました」
ふぅ、さすがに緊張した。しかしこれで安心だ。
そう思った矢先、店員さんがそっと耳打ちしてくる。
「お客さん、デートですか?」
「へ?」
間の抜けた声が漏れてしまう。
「可愛い彼女さんですね」
「い、いやいや、い、妹ですよ!?」
「あらそうなんですか? お客さんもカッコいいですし美男美女カップルだなぁと思ったのですが……失礼しました」
店員さんはクスッと笑って、紬祈と服の相談を始めた。
美男美女て。紬祈が美少女なのは間違いないが、自分がイケメンと見られるのは未だに慣れない。
(まぁ、兄妹には見えないよなぁ……)
客観的に見たらこれは店員さんの言う通りデートだ。
少しだけ、女の子と一緒に出掛けていることを意識させられてしまった。
数分後、試着室で着替えた紬祈がカーテンを開ける。
「ど、どうですか……?」
店員さんが選んだのは、もう絶対にハズレないだろうという感じの清楚系ワンピースだった。亜麻色の髪に映えて涼しげで、これからの季節にもぴったりだ。
店員さん、さっきの俺のいかにも童貞みたいな反応見て服決めてません?
最高ですけど。
「すごく似合ってる」
「そ、そうですか? よかったです……♪」
恥ずかしそうに頬を朱に染めた紬祈はホッと胸を撫で下ろす。
「これ買います」
「いいのか? 店員さん、他にも色々準備してくれてるしもう少し考えてみても……」
「兄さんの顔が、これがいいと言っているので♪」
「え、俺……!?」
そんなに見てたか……!?
慌てて視線を逸らす。一気に顔が熱くなってきた。
「妹のかわいさにご執心ですか、兄さん♡」
「……っ、〜〜〜〜」
「ふふっ、兄さんもそんなふうに恥ずかしがるんですね」
俺をからかう紬祈は小悪魔的でありながらも、ワンピースを揺らすその姿は天使のように清廉で美しい。
「なんだか嬉しいですね。これからはもっとお洒落してみるのもよいかもしれません」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
学校1の美少女がこれ以上可愛くなったら、どうなってしまうんだ……?
元より一目惚れしてしまった過去のある身としては、辛い限りだ。
「そのまま着ていかれますか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
ここまで着てきた制服は袋に包んでもらった。
「可愛い妹さんで羨ましいです。今後ともぜひ、ご贔屓に」
だから、そうやって意識させるのやめてくれませんかね。
でも、今度はもっと時間をかけて色んな服を着せてあげたいなと思った。
「兄さんのおかげで、さっそくいいお買い物ができましたね」
次の目的地へと向かった。
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