第10話 妹のお手製


「ここにしましょう、兄さん」


 木陰になっているベンチにふたり並んで座る。


 中庭にはあまり生徒が来ないが、いくつかの男女カップルは目についた。

 昼休みのここはそういう場所ということだ。


「ね、ねぇあれって……」

「ああ、ウワサの……気の毒だよな、有佐さん」

「でも今、有佐さんの方から手引いてなかった?」

「そうかな?」

「うん。しかもなんだか、いい雰囲気……?」

「たしかに……どういうことだろう……?」


 コソコソと話すカップルの声が聞こえた。しばらくはこんな状況が続くのだろう。

 しかし微笑みを振りまく紬祈のおかげか潮目が変わる日も近いような気がした。


「食べましょうか」

「おう」


 昨日と同じく瑞祈さんが用意してくれたお弁当を広げる。中には相変わらず綺麗に調理された彩りどりの具材が敷き詰められていた。見るだけで食欲を刺激される。


「いただきます」


 まずは1番気になった鶏の唐揚げを食べてみる。


「おぉ……!」


 冷えているにも関わらず、ジュワッと肉汁が溢れるジューシーな仕上がり。味も抜群でご飯をかき込む手が止まらない。


「ん……?」


 夢中になって食べ進めていると、ふと気づく。

 紬祈がなぜかこちらをジッと見つめているのだ。自分のお弁当にも手をつけていない。


「食べないのか?」

「兄さん、美味しいですか?」

「ああ、うん。めちゃくちゃ美味いよ。やっぱり瑞祈さんは料理上手————」

「それ、私が作ったんです」

「え?」


 驚いて箸を落としそうになる。


「ふふ。サプライズ成功、です♪」

「まじか……これを紬祈が?」


 たしかに今度作るとは聞いていたが、即行動に出ているなんて思わない。


「ぜんぜん気づかなかった。ほんとに美味いよ。紬祈も料理上手なんだな」

「そうでしょうそうでしょう」


 紬祈は少し調子になったようすで、ふふんと鼻を鳴らして胸を張った。


「よかったら、これから毎日作りましょうか?」

「え、さすがにそれは大変じゃないか?」


「お母さんはもっと大変なので。どのみちお手伝いしようと思っていたんです」

「ああ、なるほど。それじゃあ、もし紬祈がいいなら。また紬祈のお弁当が食べたいかな」


「はい、喜んで」


 嬉しそうに笑顔を見せてくれた。


(手伝い、か……)


 俺も何か家族の手伝いをしたい。前世は親にさえ見捨てられていた俺だが、今世の両親は本当にいい人たちだ。親不孝にはなりたくなかった。

 俺にできることといえば風呂掃除、ゴミ捨て、皿洗い……そんなあたりか。今夜にでも瑞祈さんに提案するとしよう。


「兄さん兄さん」

「ん?」


 少々沈黙してしまっていると、紬祈が構ってほしげに声をかけてくる。


「お弁当をもっと美味しくする方法、わかりますか?」

「お弁当をもっと美味しく……? なんだろ、なにか調味料をかけるとか?」


 ラーメン屋で胡椒が置いてあるみたいに。お弁当も好きな調味料をセルフで追加してみたらどうだろうか。


「ざんねん、はずれです」


 まぁ、そうだよな。

 学校にわざわざ調味料まで持ってこない。


「正解は……はい、あーん♪」

「え……?」

「あーん、ですよ。兄さん」


 紬祈は自分のからあげをひとつ箸で掴んで、俺の口元へ差し出してくる。


 た、食べていいのか、これ……?


 和やかだが、冗談という空気ではない。


「あ、あーん……」


 しばらく悩んでから、俺はからあげにパクついた。

 やはりジューシーで、出来立てと遜色ない美味しさ。お弁当のために工夫して作られているのだろう。

 だけど今回はそれにプラスして——


「どうですか、兄さん。美味しいですか? 美味しいですよね? ね?」

「お、おう……美味い」


 なんだか甘酸っぱい風味がした。


「お母さんとどっちが美味しいですか?」

「そ、それは……どちらの料理も美味しいよ」

「そんな答えは受け付けません。どっち?」

「なっ……」


 紬祈は身を乗り出すようにして顔を近づけて問いかけてくる。揺れる亜麻色の髪から甘い香りが鼻をくすぐった。

 純真な瞳が答えを待っている。

 ちゃんと答えないとこの問答は終わりそうになかった。


「えっと……紬祈の方が美味しい、かな」


 あくまで今回のあーんで食べたからあげに限って言えば、だ。

 他は同点ということにしておいてほしい。


「んふふ〜♪ そうですかそうですか。兄さんは私の料理の方が大大大好きなんですね♪」

 

 いや、そこまでは言ってないのだが……。


 紬祈が嬉しそうだから訂正することはなかった。


「もっともっとあーんしますね。はい、あーん」


 すっかり気を良くした紬祈のあーんが止むことはなく、ずっと続いた。

 なんだ、これ。

 べつに如何わしいことは一切ないのだが、義妹との距離感ってこれであってる?


 エロゲだったら完全にルート入ってるだろ。


 少し疑問符を浮かべざるをえない昼食となった。


「兄さん、また放課後に校門前で」

「了解。お弁当、ご馳走様でした」

「いえいえ、お粗末さまでした」


 紬祈は丁寧におじぎして、教室に戻った。




 午後の授業中——


(はぁ……何もわからん……)


 窓側最後尾の席に座る俺は、黒板を見つめながらも頬杖をついていた。教師の話はまるで耳に残らず、そのまま通り過ぎてゆく。


 前世からまともに勉強したことなどない上に、高校を卒業したのはずっと昔のこと。

 そんな状態で学期の途中から授業を受けても付いていけるわけがない。

 拓真のノートは当然のようにまっさらだし、お手上げ状態だ。


 せっかく機会を与えられたのだから今度こそ勉強をしようという気がないわけではないのだが、とっかかりが掴めずにいた。


 気分転換に窓の外へと視線を移す。

 グラウンドでは、体育の授業が行われていた。サッカーをしているようだ。

 

(お、あれってもしかして……)


 ふと、風になびく綺麗な亜麻色の髪が目に留まる。

紬祈だ。もちろん体操服姿。ちなみにブルマではなく短パン。健康的だ。

 ミニゲームの最中で、サッカーボールを追っている。紬祈がボールを奪った。しかしすぐに奪い返される。そんなことの繰り返し。運動神経は並といったところか。

 わらわらとみんなしてボールに集まってしまう女子生徒たちのようすはまさにお団子サッカーで、ちょっと癒された。


 しばらくすると他のチームと入れ替わって紬祈はコートの外にでる。するとたまたまこちらと視線が交差した。


 こちらに手を振ってくる。俺も教師にバレない程度に小さく手をかかげてみた。


 嬉しそうに微笑んでくれる。


(サッカー、が、ん、ば、れ……っと)


 口パクで伝える。


(ん……? 兄さんも……?)


 紬祈は口パクでそう言いながら、俺から見て正面の方へ指をさす。


(ああ、ちゃんと授業を聞けってことね)


 まじめだ。

 しかし妹に注意されるとは情けない。


 俺はジェスチャーでお礼を言って、授業へと意識を戻した。


 真面目に授業を受けているというポーズそのものが拓真のイメージ改善に繋がる。


 理解はできなくても、ノートくらいはしっかりとっておこう。


 紬祈の姿を見れたことがよいリフレッシュになったようで、最初よりは集中できたのだった。

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