第9話 兄妹関係
「あ、あのぉ、有佐さん? ちょっといいかな?」
翌日の昼休み、クラスメイトの女の子がおそるおそる声をかけてきた。
「はい、なんですか?」
箸を置いて、視線を向ける。
「えっと、その、ね…………」
女の子は言いにくそうに視線を彷徨わせた。
会話の行方を探るように、他のクラスメイトたちの注目もさりげなく集まっているのを感じる。
「兄さんのことでしょうか?」
「へ? に、兄さん? あの人、有佐さんのお兄さん……なの?」
「はい。母が再婚して、月城拓真さんは義理の兄になりました」
先手を打った紬祈はニコリと笑ってみせる。
「……ウソだろ!? あのヤリチンクソ野郎が俺たちのエンジェル有佐紬祈の兄!?」
「いや、付き合ってるとか言われるよりマシ……ってそんなわけないだろぉぉぉぉ!?」
「お、俺は信じない……信じないぞ。こんなの何かの間違いだ……あ、あぁぁぁぁぁ……!?」
「紬祈ちゃん……どうして俺以外の、しかもヤリチンなんかの妹に……」
「も、もうイヤだぁ、こんな世界滅べばいいんだぁ————!!」
そこかしこから聞こえ出す阿鼻叫喚ともいうべき悲鳴に、改めて月城拓真の評判の悪さを思い知る。
「だ、大丈夫? 有佐さん、酷いことされてない?」
眉を顰めたその表情からは、心から紬祈の身を案じてくれているのが伝わった。
だから紬祈も、優しい声音で返す。
「大丈夫ですよ。兄さんは心を入れ替えてくれたので」
「え? こ、心……?」
「だから、ご心配なく。私と兄さんの関係はとても良好です」
「そ、そうなんだ? それは、えっと、よかったね……?」
「はい。そう言ってもらえると嬉しいです。それでは、私は行くところがありますので」
紬祈はお弁当を持って立ち上がる。
「あ、ご、ごめんね。引き止めちゃってたね」
「いえ、お話できてよかったです」
ちゃんと話を聞いてくれたから。
紬祈は会話を切り上げ、2年の教室を出た。
「有佐さんって、たまにああやってどこか行っちゃうけど……どこでお昼食べてるんだろう?」
不思議そうに呟いた彼女は、紬祈の行先が昨日までと異なることをまだ知らない。
☆
「すっげえよ拓真くん! ついにあの学校1の美少女をモノにしたんだな!」
授業が終わると悠斗は開口1番言い寄ってくる。
朝から教室に行くのを遅らせたり、休み時間の度にそそくさとトイレへ逃げていたのだが、ついに捕まった。
「なんだよも〜、そういうことならそうと言ってくれよ〜。この前のもそういうことだったんだな〜」
どうやら悠斗は紬祈の相手で忙しいから合コンを断ったのだと解釈したらしい。
「おい、声が大きい」
「おっと。ごめんごめん。ついテンション上がっちゃってさ」
ニヤニヤしながら声を潜める悠斗。
「で、で? どこまでいってるん? もうヤった? 拓真くんならヤッたよな? どうだった?」
「……………………」
なんてゲスな会話だろう。
どこかの誰かじゃない、義妹になった少女の話だからこそ余計に目に余る。
「いや、それでその、お願いなんだけどさ? 拓真くんが飽きたらでいいからさ、俺にも回してくれよ。ちょっとだけ。ちょっとだけだから。いいでしょ?」
「っ、おまえなぁ……」
さすがに一言いわせてもらおうかと思ったそのとき、
————ドンッッッッ。
「うひぃ!?」
俺の机が荒々しく叩かれた。
悠斗は驚いて飛び跳ねる。
「月城拓真……!!」
風紀委員長の南瀬だ。興奮しているのか頬が赤く染まっていて、怒りのボルテージがだいぶ高そうに見える。
「た、拓真くんに用事かな!? 俺には関係ないね!? じゃあいない方がいいね!? では、さいなら!」
例によって悠斗が脱兎のごとく逃げ出す。少しは友情とかないんだろうか。
「ふん」
南瀬は悠斗に目もくれなかった。
癪だが、悠斗の言ったことは間違いじゃないらしい。鋭い瞳で俺だけを睨み付けている。
「何が、証明するよ。また私を騙したの?」
これもおそらく、紬祈の件だろう。
「騙してない」
「でも、あの子を手篭めに……!」
「してない。義妹だ」
「は? 義妹?」
「親父が再婚して、紬祈は妹になったんだよ。ウソだと思うなら教師に確認してくれ」
すでに教師への連絡は済んでいるはずだ。
俺の言葉に信用がないのなら、もっと確実な情報を提供しよう。
「……そこまで言うなら、信じるけど」
南瀬は少し語気を緩めた。
「でも、……ほ、本当に、その……」
一転、モジモジとしながら言葉を紡ぐ。
「け、健全な関係なんでしょうね……!?」
「健全です。今日だって隣歩いてただけだろ? やましいことはないはずだ」
腕を組まれたりもしたが、さすがに学校付近ではやめてもらった。
「それは、そうだけど……!」
南瀬はなおも文句を言いたげに追いすがる。
「それとも何かほかに、俺に突っかかる理由でもあるのか?」
本来ならヤリチンである拓真になんて最も関わりたくないタイプの人間であると思うのだが、やはり風紀委員長という立場上の問題か。
俺が紬祈に接触すること自体を危険視しているのだろう。
「なっ、うぅ、〜〜〜〜〜〜っ!!」
ボッと火がつくように、元々赤みが差していた顔が耳まで染まる。
「も、もう知らない! 勝手にすればいい! 私なりに噂の収束には動いてあげる! あくまで有佐さんのためよ!」
早口で捲し立てたのち、くるっと身体を反転。
美しい黒髪が舞った直後——
「————失礼します」
教室の空気を切り裂くように、透き通った声が響いた。
「あれ?……2年生の有佐紬祈!? どうして3年の教室に!?」
「え……こ、これって、まさか……!?」
クラスメイトたちが考えることは同じだったのだろう。全員の視線が俺に集まる。
「あ、兄さんっ」
紬祈が俺を見つけて、駆け寄ってくる。同時にまた教室が騒めいた。
「マジかよ……」
「クッソぉ……なんでこんな……」
ヒソヒソ話は絶えない。
「ど、どうしたんだ紬祈、何か用か?」
「お弁当、一緒に食べたいと思いまして」
紬祈は自然な手つきで俺の手を取る。
「中庭で食べましょうか。ふたりきりで」
「お、おう……」
この教室の空気から逃れたい気持ちも後押しして、俺は紬祈に手を引かれるままついて行った。
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