第8話 お小遣い

 ——夜。


紬祈つむぎくん、これを」


 リビングで紬祈と話していると、源三がやってきて封筒を差し出した。


「お義父さん、これは?」

「小遣いだ」

「お小遣い?」


 紬祈はきょとんと首を傾げる。


「これからは毎月あげるから、好きに使うといい」

「は、はい……って、ええ!? こんなにですか!?」


 受け取った封筒の中身を見て、珍しく慌てふためき素っ頓狂な声をあげた。


「いち、にー、さん、……ご、5万円も……? こ、こんなに貰えません。お義父さん」

「いいから。もらっておきなさい」

「でも……」


 多くを語らないが決して引かない源三に紬祈も戸惑ってしまっている。


 やがて助けを求めるように、こちらへ視線を寄せてきた。


「に、兄さん……っ」

「うーん、まぁ、もらっておきなよ」

「兄さんまで……」


 俺はちょいちょいと手招きして、紬祈に耳を寄せてもらう。

 源三に聞こえないよう小声で話す。


「親父は不器用だから、娘への接し方がわからないんだ」

「そ、そうなのですか……?」

「でも何かしてあげたい、構ってあげたいという気持ちはある。そんなときに手っ取り早いのが、お小遣いだ」

「でも、さすがに多すぎます……っ」

「俺もそれは思うけど、親父の気持ちの大きさってことでさ。もらっておきなよ」

「むぅ〜……わ、わかりました。あまり拒むのも失礼、ですよね」


 完全に納得したわけではないようだが、紬祈はそう言って表情を改めると源三に向き直る。


「ありがとうございます、お義父さん。大切に使います」

「ああ、足りなかったらいつでも言うといい」

「あはは……それはさすがに大丈夫かと。でも、もし機会があれば」

「うむ」


 源三は満足したようすで自室に戻っていった。


 源三がいなくなると、紬祈は安堵して息を吐く。それから手のひらに収まった大金をポカーンと見つめていた。


 傍から見るとそれはなんだかおかしな光景で、俺は苦笑いを浮かべてしまう。


 何かと入り用な女子高生ならお金なんてもらえばもらうだけ喜べばいいだろうに。


 まぁ、さすがに5万円が多すぎるのも事実。後で源三にはさりげなく言っておこう。


 紬祈が遠慮なく貰えるラインを見極めた方がいい。


 ところで、俺のお小遣いは……?



「兄さん、入っていいですか?」


 夜も深まり、授業の復習でもしてみるかと思い立って自室で机に向き合っていると、扉がノックされた。


「どうぞ」


 紬祈がそっと扉を開けて入ってくる。


「どうした?」


 もう夜も遅いというのに。


「えっと、ですね」

「……お小遣いのことか?」


 紬祈の手には未だ、源三からもらった封筒が握られていた。


「はい……使い道が、わからなくて」

「使い道? そんなの趣味にでも使えばいいんじゃないか?」

「趣味とか、ないです」


 それなら貯金するか、とも一瞬思い浮かんだが源三的には遊びにでも使ってほしいんだろうしな……。


 趣味がない、か。

 思えばゲームの中でもそういったことがわかるような日常シーンはほとんどなかった。


 俺の知っている情報は、彼女が瑞祈さんの負担にならないよう「いい子」としてこれまで生きてきたということだ。

 その結果が、みんなから好かれる学校1の美少女。


「なにか興味があるものとかは?」

「わからないです……」


 しゅんと申し訳なさそうに縮こまる紬祈。

 せっかくお小遣いをくれた源三への罪悪感だろうか。

 そのようすは少し子供っぽく見えて、俺は彼女が前世の自分よりもずっと年下の少女であることを思い出す。


 彼女におんぶに抱っこで始まった転生人生だ。今度は兄として年上として力になりたい。


「そうだ、部屋の模様替えとかしてみたらどうだ?」

「模様替え、ですか?」


「この前少し見たとき、部屋にあまり物がないなと思ったからさ。そのお金で色々と買い揃えたらどうかなと。あ、いや見たってうのは紬祈が気絶したときに仕方なくでっ、すまん、極力見ないようにはしたんだが……っ」


 墓穴を掘った。


 しかし紬祈はあまり気にしていないらしく、逆にその時の感謝を告げられた。恐縮すぎる。紬祈が倒れたのは俺の発言のせいでもあるのに。


「それはそうと、模様替えはとても良いアイデアだと思います」

「そ、そうか?」

「はい」


 紬祈は亜麻色の髪を揺らして微笑む。


「では、週末は一緒にお買い物へ行きましょうか」

「へ? 俺も一緒に?」

「ひとりだと何を買えばいいかわからないので……兄さんにも選んでもらえると嬉しいです。……ダメ、ですか?」


 この甘えるような上目遣いに俺は弱いのかもしれない。兄として。


「も、模様替えを提案したのは俺だし、べつに構わないよ」


 どうせ暇だしな。


「ありがとうございます、兄さん。それでは週末はよろしくお願いしますね♪」


 話がまとまり紬祈の悩みも晴れたところで、時間的にも今日は解散だろう。

 

「兄さん、今日も一緒に寝ますか?」

「え、いや、それはさすがに……」

「一緒に寝るたびに、兄さんへの信頼度が1アップしますよ?」


 それは大変魅力的だ。

 紬祈と寝るとおそらく悪夢を見ないというメリットもある。


「そういうことなら、お願いします……」


 今日こそ、緊張で眠れるかわからないというデメリットもあるけれど。

 抱きつかれたりなんかしたせいで余計に……いや、相手は義妹だ。落ち着け、俺……。


「おやすみなさい、兄さん」


 背中に感じる温もりは、昨日よりもかなり近く感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る