第6話 クラスメイト
教室に足を踏み入れると、クラスメイトの視線が集まってピリッと空気がひりついたのを肌で感じた。
拓真は素行の悪い不良生徒。
一部のヤンチャな仲間からは慕われているボスような存在だが、真面目な生徒からはとことん嫌われ、忌避されている。
拓真はその状況も楽しんでいたのだろうが……。
すでに帰りたくなってくるような居心地の悪さだ。月城家の平和が懐かしい。
しかし3年ともなれば、痛い目に合わされた生徒、辱めを受けた生徒が何人もいる。拓真のことは意識的に避けているようだ。
そんな拓真こと俺に向かって笑顔で手を振ってくるクラスメイトがひとり。
「あれ、拓真くん? ちっすー!」
拓真に懐いている友人、と言っていいのだろうか。気のいい男ではあるものの、拓真の所業に加担することもある。女好きの小悪党だ。
俺は軽く手を挙げて応える。
正直に言えばあまり関わりたくないが、今は波風を立てるべきでもないという判断だ。
自席に腰掛けると、悠斗は尻尾を振る犬のような勢いで寄ってきた。
「朝から登校なんて珍しいね! 昨日は女ひっかけなかったん?」
「……ま、まぁな」
これがこいつらの日常的な会話か。
純粋にきちぃ……!
「へー拓真くんにもそんな日、あるんだなぁ」
「たまにはな……」
最小限の相槌にとどめる。
「あ、そうそう拓真くん。週末合コンやるけど来るよね?」
「は? 合コン?」
「あーいや、合コンつーかふつうにヤリ目的だけどさー? 拓真くんいねぇとマジ始まんねぇから! 来る女みんな拓真くん目当てだし! 頼むよ! ね?」
両手を合わせて頼み込んでくる。
合コンか……俺は行ったことないが、拓真の経験としての記憶はある。
まぁ、悠斗の言う通り合コンという名のヤリコン、もしくは乱パというやつだ。酒あり薬ありの爛れきった集まり。
通報すれば1発だが、それって俺も捕まりそうなんだよな……。
こうなったら舵を取る方向はひとつだ。
「すまん、俺は行かない」
「え、えー!? マジ!? もしかしてなんか先約あった!? ガチか、マズったなぁ」
「いや、やめたんだ。そういうの」
「へ? な、なになにどういうこと?」
「だから、やめたんだよ。なんつーか、女遊び? みたいなの」
「い、いやいや何言ってんの拓真くん!? 俺たちまだ17よ!? 遊びたい盛りじゃない! 女なんて抱いてなんぼよ!?」
大声で喚きながら縋り付く悠斗。彼に取ってはそれだけ理解のできない発言なのだろう。倫理観が破綻している。
メタ的に考えてしまえば、元々そういうふうに作られたモブキャラなのかも。だとしたら憐れだが、教室で騒がれるのは好ましくない。
「うるせぇよ…………」
え?
…………あれ? なんだ、これ。今の、俺?
俺の口から出た低く重い苛立ち混じりの声に教室が凍りついていた。
「へ? た、拓真くん? お、怒ってる?」
「あ、いや……」
完全に無意識だった。たしかに悠斗のことは煩わしく感じていたが、わざわざ言葉に出すほどじゃない。
これはまるで、誰か他の人間の感情を押し付けられたみたいな……。
「と、とにかくもう俺に関わるな」
「そ、そんなー!? 拓真くーん!? 俺たちズッ友だろー!?」
怒気が失せたことをめざとく察した悠斗はなおも縋り付くが——それも長く続かなかった。
「————ちょっと!! 朝から何の騒ぎ!?」
青みがかった黒髪を揺らすクラスメイトが会話に割り込んでくる。
「……………っ」
彼女はかつて俺のプレイしたゲームにおいては登場すらしていない人物。文字通り、ここはもう俺の知らない物語だ。
それでも俺は、拓真の記憶で彼女を知っていた。
「ひぃ!? 風紀委員長じゃん!? お、俺、トイレ行ってくるわー! あとよろしく、拓真くん!」
悠斗が風のように去っていく。
「あ、待ちなさい中村悠斗! もぉ、なんて逃げ足の速い!」
厳格なる風紀委員長——
「まぁいいわ、あなたが残るなら」
悠斗の追跡を諦めた南瀬はこちらへ向き直る。
改めて見ると、かなりの美少女だ。
学園1と言われるのは紬祈だが、それに勝るとも劣らない。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ抜群のスタイル。切れ長の瞳は凛と大人っぽさを感じさせた。
「合コン、とか聞こえたようだけど?」
「あー、えっと……」
拓真なら南瀬からどんなに追及されようと、笑って受け流す。するすると会話を脱線させて、優しく口説く態勢に移っていく。
美人な彼女のことを彼は相当気に入っていたのだろう。すでに自分の女だと思っていた節まである。なし崩し的にデートに及んだ記憶もあって……。
2人の関係性は一言で言い表せないが、南瀬が拓真を嫌っているのは間違いない。
「たしかに悠斗はそんなこと言ってたな」
「まったく相変わらずね、あの男は……!」
「そうだな。でも、俺は断ったよ」
「…………それも聞こえていたわ」
ジトっとした視線が射抜く。俺の真意を探っているのだ。
「何か変なものでも食べたの? 頭おかしくなった?」
「いや、むしろ正常になったんだと思うが……」
「ふーん?」
やはり疑われている。これが普通だ。紬祈の対応の方がおかしい。
「信じない。あなたは一生、ただのクズ野郎。クズは死んでも治らない」
「今はそれでいいよ。時間をかけて証明するから」
「…………そう」
南瀬は踵を返した。
ふわりと舞った黒髪の背中を俺は引きとめる。
「そうだ、南瀬。ひとつ聞きたいんだけど」
「なに?」
「南瀬って、ボランティアとかやってたよな?」
「それがどうかした?」
「俺も参加してみたいなと思って」
「…………胡散臭い」
俺もそう思う。が、ヤリチン払拭の第一歩だ。
「次の予定が入ったら連絡する」
南瀬はため息を吐きながらも、そう言ってくれた。
「——あと」
「ん?」
「跳ねてるわよ、髪」
半身を向けて頭を指差す。
「え、マジで?」
「……あなたは、その、……顔、だけはそれなりにいいんだから。み、身だしなみくらいはしっかりしなさいよねっ。わかった!?」
「お、おう……」
「ふんっ」
そう言って南瀬はなぜか逃げるように自席へ戻った。相当に怒っていたらしく、顔は真っ赤に見えた。
「なんだったんだ……?」
髪を押さえてみるが、手を離すとまたすぐ跳ねてしまう。
「はぁ……」
トイレに行って寝癖を治すと、ようやく緊張の糸が切れて力が抜ける。
悠斗と話すのもそうだが、自分に敵意を持った女の子と話すのはもっとしんどい。ドッと疲れた感じがした。
そういえば南瀬は連絡すると言ってくれたが、スマホのメッセージのことだろうか?
拓真のことだからめぼしい女子の連絡先は全て入手済みだったのだろうが……。
「やっぱりスマホは買わないとな」
高校生活を送ることになった以上、必須アイテムだった。
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