第2話
「ううっ、ぐすっ、ううう……」
私は泣きながら裏山を歩いていた。
『や~い。都会っ子~!』
『や~い。捨てられっ子~!』
『お前のオヤジは他でオンナ作って~』
『お前とオフクロ捨てて逃げちゃった~』
『オフクロはお前をここに預けて~』
『都会でオトコを漁ってる~』
「ちがう……! お父さんもお母さんもそんな人じゃない……!」
私は、涙を拭いながら呟いた。本当は叫びたかった。でも、今の私には、ここで呟くことだけが精一杯だった。
――私は、ただそれを信じたいだけだったから。
「……あれ?」
いつの間にか、見覚えのない場所に出ていた。どうやら、道を間違えたらしく、行こうとしていた場所とは全然違うところに来てしまっていた。この裏山には、その、……結構来ていたので、道は覚えていたつもりだったのだが。
「どこだろ、ここ……?」
急に心細くなって私はあたりを見回した。どっちを見ても似たような木ばかり。自分がいったいどこにいるのか、まるで見当がつかない。完全に迷ってしまった。
「困ったなぁ……」
呟いた私の耳にがさごそという下草をかき分ける音が聞こえてくる。
「だ、だれかいるんですかぁ~?」
上ずった声で尋ねてみるが、返事がない。
「道に迷って困ってるんですけど、どなたですかぁ?」
やっぱり返事がないが、こちらに向かってくることだけは確かだ。
「あの、私、村長さんのところでお世話になっている葦乃端詩音(よしのは しおん)というものです。……あ、お世話になるのは、三学期だけのほんの短い間だけですけど。……ええと。まだ、この村に来て間もないので、ひょっとしたらお会いしたことがないかもしれませんが、あの、ええと、どちらさまですかー?」
私が言い終わるのとほぼ同時に音の主が草の間から姿を現す。
「ひっ……!」
私は驚きのあまり、悲鳴を上げることもできなかった。
何故なら、
私の前に現れたのは、――私の倍はあろうかという大きな熊だったからだ。
「! この感じ、」
山道を歩きながら、ボクは首を捻った。
「……ここに、知らない人がいる?」
この『気配』には、今まで会ったことがない。この村に住んでる人なら全員把握してるはずだから、別のところから来た旅行者とかかな?
そして、この人は何だか、不安げで寂しげで、
……ひょっとして、泣いている?
「! いけない……!」
ひどく驚いたように『気配』が変わった……?
「……仕方ない、よね」
ボクは呟くと、精神を集中した。右手の人差し指と中指を額に当て、今ボクが必要としている『力』をイメージする。
「ふっ……!」
気合と共に右手を胸の前に突き出すと、人差し指と中指の間に一枚の『カード』が出現している。厳密には「カード」じゃないっておじいちゃんが言ってたけど、ボクは見た目が似てるので単純に『カード』と呼んでいる。
これが、ボクの『力』だ。
自分に必要な能力を『カード』として現出せしめ、それを自分の『力』として使うことができるのだ。おじいちゃんの話では、同じような『能力』を持っている人が他にもいるらしいけど、ボクはまだ、彼らと会ったことは、ない。
精神を集中して、ボクは『力』を行使する!
『我が名は皇瑠架(すめらぎ るか)なり!
『継承候補者』たる我が、
我が名によりて命じる!
召喚の命に応じて、汝、疾く来たるべし!
汝が名は『ヤタガラス』なり!』
言葉と同時に『カード』を空中に放る。すると『カード』が輝き、一瞬にして異形のものへとその姿を変える。
現れたのは、三本足の大きなカラスだ。
「よう。久しぶりだな、瑠架」
近くの枝の上に降り、ヤタさんは右の翼だけを挨拶するように軽く広げた。人の言葉を話すことに最初は驚いたけど、今は頼りになる相棒だ。
「うん、お久しぶり、ヤタさん。早速で悪いんだけど、人の捜索を頼みたいんだ」
ボクは、探して欲しい人の気配をヤタさんに『伝える』。召還された魔物と術者は感覚をある程度共有できるらしいからこそ可能な技だ。
「なるほど。ふむ、分かった。それじゃ、行ってくるぜ」
「うん。頼むね、ヤタさん」
頷いたボクの前で、ヤタさんは右足の爪の先で真ん中の足の爪をコツコツと叩いた。どうやら苦笑しているらしい。
「何度も言ってるが、ヤタガラスってのは種族名で俺の名前じゃねぇんだけどな。ま、いいぜ。行ってきてやらぁ」
「ありがと!」
「……相変わらずだな、瑠架」
バサッと両方の翼を広げたヤタさんに、ボクは「な、何が?」と尋ねる。
「何で、召還主が召還したやつに礼を言うんだかなぁ。一般的に、命令するやつは命令したやつに礼なんて言わねぇもんだろう?」
「え? そ、そうなの?」
ボクには、いまいちピンとこない話だ。
「俺たちを召還する時にゃ、お前だって命令口調なんだがな」
「そうなの?」
ボクは首を傾げた。実のところ、『力』を使っている時の自分が何と言っているのかボクには分からない。そこだけ記憶がぼやけている感じだ。勝手に『言葉』がほとばしる感覚だけがある。
「ま、俺はお前のそういうところが気に入ってるんだがな。まあ、いい。それじゃあ、行ってくらぁ」
「うん! 頼むね、ヤタさん!」
大きく羽を広げ、ヤタさんは大空へと飛びたった。
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