第4話 エイリスとルリ

 ルリは塩でだけ味付けられた温かいおかゆをかき込む。

 塩でしか味付けられていないのに、おかゆが砂糖のように甘く感じる。2日も何も食べていないと、こんなにごはんがおいしく感じるものなのかと、ルリは涙ぐみながらあっという間におかゆを平らげた。

 エイリスは食器を片付けると、テーブルの向かい側に座り、真剣な面持ちで構えた。


「それで、ルリ。あの日に何があったのですか」

「えっと、まずね……」


 ルリは咳ばらいをすると、狩りの日に起きた出来事を事実のまま話した。サーベルラビットに出会ったこと。狩ろうとしたらナイフがはじかれて突然鎧をまとったかのように硬くなったこと。なすすべなく焦っていると少女の声がしたこと。その声に従いながら戦っていたら体を貸してほしいと言われ、すぐに気を失ったこと。

 ルリですらフィクションだと思うような話を、エイリスは何1つ口を挟まずに聞いていた。

 そしてすべてを聞き終えると、エイリスは落ち着いた口調で話し出した。


「……なるほど。大体ユフィ君と言っていたことが合致してますね。嘘ではないようです」

「……あ!そういえばユフィは?!」

「そういえばって……ユフィ君が村まであなたを運んでくれたんですから」


 ルリはすっかり忘れていた。

 

「今度お礼を言わなきゃだ」

「そうですね。是非そうしてください」


 

 ――――――――――――――

 


 その後、前日の話まで1通りを話し終えたルリは、背もたれへとだらんと腰を掛ける。

 エイリスは深呼吸をすると、マグカップを手に取り、中のコーヒーを一口飲んだ。息を整え、マグカップを再び机に置き、座る姿勢を正してルリへ目線を向けた。

 そして、先ほど整えた身体の全てを崩しながらため息をついた。


「わかりました。……わからないことがですが。とりあえずルリの聞こえたという少女の声、それが誰なのかが気になりますね」

「うん」


 ルリはだらけた格好のまま、机に置かれた冷やしたフルーツジュース、かれこれ3を右手に取って飲んだ。

 

「その声の原因の心当たりがあるんです」

「え、なになに?」


 エイリスは立ち上がり、ルリのほうへと顔を近づける。ルリが持っていたコップを置かせ、両手で右手をつかむ。


「この、指輪です」

「え、指輪?あ、そう言えば朝もらった!」


 ユフィ君の次は指輪か、とエイリスは頭を抱えた。

 

「……忘れてたのはこの際もう良いです。ところで、今、ルリはこの指輪を外せますか?」


 そう聞かれて、ルリはきょとんとしていた。

 しかし、エイリスの真剣なまなざしに気圧されて、ルリは中指についた指輪を引っ張りぬこうとする。


「……?!あ、あれっ」


 ルリは何度も思いっきり引っ張ってみる。しかし指輪は取れない。それどころか、横へと回す事すらままならない。

 

「なにこれ!引っ付いてるみたい!」

「えっ?」

「取れないよエイリス!」


 エイリスに代わりに取ってもらおうとしたが、右手中指にはめられた指輪はびくともしなかった。

 ルリはもう一度力一杯引っ張ってみるが、これ以上力を入れれば骨ごと逝くと思い、諦めた。


「......間違いなく、この指輪が原因ですね」

「そうらしいね」


 しかし、肯定で答えたのにどこか不服そうな顔をしていた。

 ルリは今一度指輪をじっと眺める。そして、その表面を優しく撫でるように、右手の中指をなぞる。

 

「うん。でもさ、その人悪い人ではなさそうだったよ。私のこと助けてくれたし」


 確かに、指輪は外れなくなってしまったが、特異個体のサーベルラビットとの戦闘という窮地を助けてくれたことは事実だ。

 一概に害があるかもと決めつけるのは、良くないことかもしれない。

 それに、とルリは続ける。

 

「もしかしたら、お母さんの声だったのかもなって、私は思ったの」


 ルリの、どこか悲しみを含んだような口調に、エイリスはハッとした。


「……確かにそうかもしれません。取り敢えず、指輪のことはまた何かあればにしましょう」

「そうだね」


 指輪は、ルリの手に張り付いたまま青く輝いている。母がくれた唯一の形見。この指輪にはどんな秘密があるのか……。

 ルリは、指輪を見てニヤリと笑った。

 指輪が外れない恐怖。ルリ自身、ないわけではない。

 しかし、ルリはそれ以上に何か特別な予感がした。非日常、不思議、それらはルリの好奇心を沸き立たせた。


「……ルリ、どうしました?」

「え、いや、何でもないよ!」

「なら良いのですが......」


 そう、そっけなく答えたエイリスは、ルリの好奇心に気付いていた。ルリの自由奔放で明るい性格、そして楽しいことや未知への期待感の高さは、親代わりのエイリスが1番よく知っている。

 それに、指輪は母の形見。もし、ルリが言ったように窮地を助けてくれたのが母親なら、こんなに素敵な話はないだろう。


「しかしまぁ、本当によく似ています」

「ん?何か言った?」

「いいえ。なにも」


 優しく微笑み返すエイリスに、ルリはきょとんとしていた。


「エイリス、じゃあ私、疲れたからもうちょっと寝る!」


 ルリは椅子から立ち上がると、足早に部屋へと向かう。

 歩いているときも、手の指輪をキラキラした目でじっと眺める。

 

「お母さん、なのかな」


 リビングを出る。その際、視点が疎かなルリは、階段の前の柱へと頭をゴツンとぶつけた。

 いたた……と、頭を押さえながら階段を上がっていった。

 そんな一連の様子を見ていたエイリスは、全く……とため息をついた。

 

 エイリスは机に置いていた残りのコーヒーを、一口で一気に飲んだ。

 甘苦い液体は口を通って食道へ、その途中、心臓より少し下あたりから、外へと漏れ出ていった気がした。

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