第3話 白黒の少女
真っ白な空間。ルリは、目が覚めると、真っ白な空間に1人佇んでいた。
この空間は箱型で、出口が見当たらない。部屋の広さはルリの部屋よりも広く感じる。
四方を壁に囲まれていて、天井も床も壁と同じ真っ白。不思議なことに、あかりという類はまったく見受けられないのに、部屋は明るかった。
そして、何より目を引くのは、その部屋の真ん中。そこには、骨組みも布団もすべて真っ白なベッドが1つ。そこには少女が腰を掛けていた。
少女は、目を閉じたまま全く動かない。
「……だ、誰?」
ルリは恐る恐る少女へと近づいていく。少しづつ、少女の姿が鮮明になっていく。
少女は白髪で、ショートカット。背丈は小さく、まだ10歳になっていないくらいに見受けられる。
ベッドと、部屋に溶け込むような、半そでの白いシャツを1枚だけ着ていて、そこから出た手足も顔の肌の色も白かった。
「あなたは、いったい?」
問いかけた途端、ルリは体が動かせなくなってしまった。金縛り、というよりも強烈な圧によって体の動きを封じられたかのようだ。
少女はゆっくりと目を開ける。真っ白な彼女の中で唯一、青い色の付いた瞳が姿を現す。
しかし、明るい部屋なのに彼女の瞳にハイライトは、ない。うつろに目を半開きにして、ルリを眺めていた。
彼女から感じるのは、業。見えない黒い霧が、ルリの全身へとまとわりつく。
声ももはや出せなくなってしまった。ただルリは、少女の青い瞳を眺めている。
「おねえちゃんは、だあれ」
少女は、ゆっくりと問いかける。しかし、ルリは声を出すことはできない。
少女はゆっくりと立ち上がると、ルリのほうへ近づいてくる。
1歩、2歩。近づいてくるにつれて、彼女についた黒い霧が鮮明に映る。
それは、1人。いや、100人。いいや、そんなもんではない。もはや数えられない。1万、100万、1億。
ただ、黒い霧の1つ1つに、人の顔がくっきりと見えた気がする。
呪い。なのかもわからない。ルリは黒い霧に飲まれていく。
少女は、目を見開く。ルリを、好機の目で見つめている。
怖い。声が出ない。でも、逃げられない。
少女はもう、目前まで迫ってきている。
「おい、出ろ」
その時、少女の後ろから男の声がした。
「早くしろ」
少女は振り返ると、今度はルリに一切の目をくれずに歩き出した。
ベッドを避けて、歩き進む少女。その先の白い壁に、先ほどまでなかった真っ暗な穴ができていた。
そこにいたのは、白衣を着た数人の男。手には何か板を持ち、首から何か提げているのが見えた。
彼らは明るい白いこの部屋とは対照的な空間から少女を呼びかける。
少女はとぼとぼと歩く。そして男たちのもとへ到着すると、中央に立っていた男が少女に手錠をつけた。
そして、その暗闇が左右から閉じられていく。
闇の先へ行ってしまった少女の背中が、横へと向く。
ルリを、横目に見る。その瞳は、もはや青くはない。ただ、暗い。
先ほどのルリへと見せた好機の目はもはや存在しない。ただ、無機質な少女。
「……あなたは、いったい」
ルリは振り絞るようにつぶやく。
しかし、答えはなかった。
少女は振り返ったまま暗闇は閉じられる。
閉まってから、ほんの刹那の静けさ。
その後、真っ白だった部屋が暗闇に染まった。
――――――――――
「……リ、ルリ……ルリ!」
誰かが飛びかける声。それは、聞き慣れた優しい声。
ルリがゆっくりと目を開けると、そこには心配そうに見つめるエイリスの姿があった。
「エイリス、私……」
「ルリ!本当に、本当いっ!良かったっ……」
目を覚ましたルリをエイリスは、ぎゅっと身体が折れんばかりに抱きしめた。
「むっ!え、何ごと?」
包み込まれたルリはきょとんとしている。
「?!何事、ではありません!」
哀から怒へ、一瞬でエイリスが切り替わった。
さっきの夢の少女と言い、今のエイリスと言い、ルリはまだ頭の整理が追い付かない。
「えっと、いったい何がどういうことになったのでしょうか、エイリス?」
「あなたはもうかれこれ2日ほど寝込んでいたんですよ!ユフィ君が森から連れて帰ってきてからです」
「え」
嘘!と叫びながら勢いよく体を起こす。先ほどまでふにゃふにゃだった意識が、冷水をかけられたように吹き飛んだ。
「私、2日も寝てたの?!」
今度はルリが声を上げる。逆にエイリスは落ち着いてきて、冷静に答えた。
「ええ。2日たって、今はちょうどお昼です」
「うっそぉ!、えっと、でもなんで寝て、ユフィが、あれっ?でもあの子は」
マシンガンのように、ルリの口から言葉が溢れ出る。あわあわとルリのあばれる手をエイリスは捕まえると、優しく両手で握る。
エイリスは心配そうな、それでいて泣きそうな顔をしながらルリを見つめる。
ルリは、だんだんと気持ちが落ち着いていく。エイリスの手は、いつもルリを落ち着かせてくれる。
すー、はあ、と深呼吸をすると、ルリは最後の記憶をゆっくりたどっていく。
確か、私は狩りに出ていて、そこで奇妙なサーベルラビットと戦闘になって、そのあと……。
「そうだ!私、誰かに体を貸してって言われたんだ!」
ルリは思い出した。狩りの日、何者かがルリを助けようとしてくれたことを。
その時に、体を貸す代わりに助けてくれると言われ、強烈な眠気に襲われ、そこからの記憶がないことを。
「体を、貸す?一体何を言っているのです?」
神妙な面持ちでエイリスは尋ねる。
「ええっと、私も、えっとぉ……」
その時、ぐうーっと、ルリのおなかが唸った。
エイリスの言う通りなら、ルリは2日何も食べていない。
「あ、あはは!なんか食べたいかも……」
呑気に笑うルリをよそ目に、拍子の抜けたエイリスはやれやれと頭を抱える。
「そうですね。何も食べてないですもんね。お話は食事をしながらでも聞きましょうか」
ルリは布団からゆっくりと降りる。立ち上がると、大きく伸びをした。
「歩けますか?痛くありませんか?」
「うん、大丈夫。体は全然平気!」
体の調子は全く問題がない。証拠に、とルリはその場でぴょんぴょん跳ね、その場で走るように足を動かして見せる。
しかし、それは無意識の痩せ我慢だったようだ。ルリの身体は空っぽ、エネルギー不足である。元気に跳ねていた足が突然、視界と共にぐらついた。そのままバランスを崩し、顔から着地した。
「ふごっ!」
「ルリ、大丈夫ですか?」
「ごめん、エイリス~。やっぱり無理かもー。運んでー」
「全く、この子は......」やれやれと首をかしげると、ルリをおんぶしてリビングへと降りて行った。
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