第1話 森の探索者たち
「ふんふふーん♪」
新緑に囲まれた林道を鼻歌交じりに歩き進む少女。
その後ろを、ゆっくりと歩き進む少年。
少女、ルリは上機嫌。この間迎えたばかりの彼女の誕生日よりもハッピーな気持ちだ。
ルリたちは村を出て1時間ほど、獲物を探して彷徨っている。
「ユフィ、なんか獲物いた?」
「いいや、全く見当たらないよ」
「残念ね。木の実はこんなにたくさんあるのに」
彼らは、小1時間ほどさまよってなお、動物の一匹すら見つけられないでいた。
代わりに、彼らの視界の先には、春を告げるカラフルな実りがたくさん成っていた。
「ねえユフィ。ちょっとおなかすかない?」
「うーん、確かに。何か食べようかね」
「ほら、せっかく木の実がいっぱいあるんだし、何か食べてみようよ」
「いいね。そうしよう!」
結構森の奥まで歩いてきて、小腹がすいてきた。
というよりも、目の前の木の実に魅せられただけだが。
かくして、ルリとユフィはあたり一帯になっている木の実から、食べられそうなものを探してみる。
すると、ルリは右側に黄色い木の実が成った背の低い木が生えているのが見えた。
「ユフィ、あれ!」
「……お、ブライトフルーツだ!」
ユフィは歓喜の声を上げる。
『ブライトフルーツ』。甘くてさわやかな味わいが村でも人気なフルーツだ。
ルリはブライトフルーツの成る木に駆け寄ると、黄色くて大きいものをもぎ取った。
黄色くきれいに実ったブライトフルーツの皮をむく。
すると、熟したオレンジ色の果実が顔を出した。
2人の目が輝く。春の実りとはなんとも素晴らしいものだ!とルリは心の中で叫んだ。
「「いただきまーす!」」
一緒に、がぶりと一口。
同時に口内に電気が走る。
「ごぶふぇ!」
ルリは、盛大にほおばっていたフルーツを吐き出した。
「うわあああっ!なんだこれ!」
続いてユフィもかじったフルーツをむせかえってすぐに吐き出す。
ルリは手に持っているかじったブライトフルーツを見る。先ほども見た通り、中は問題なく熟したオレンジ色で、柔らかい果肉だ。
ただ、とんでもなく渋い。彼らの口の中をイガイガした嫌な感覚がする。
それと同時に、体の節々に電撃が流れたような感覚がする。
村で食べていたブライトフルーツは渋い味なんてしたことが無い。
しかしこれは今まで感じたことがないくらいの渋みだった。
2人はバッグから水を取り出すと、急いで口をゆすいだ。それでもまだ、残滓が残る。
「あー!最悪だ!」
ルリは実際に叫んだ。
「あー、私ついてないわ」
「僕もだよ。こんなに渋いのは初めてだ」
「なんか、小腹引っ込んじゃった」
「僕も同感」
もう、木の実はいいかな。彼らの小腹は縮み込むようにしぼんでいった。
「この木のブライトフルーツはダメなのかな。帰りに取らないようにしないと」
「ユフィ、木の実を取ってくるように頼まれてるんだっけ」
「そうそう。帰りにしようと思っていたけど、これは間違えても取らないようにしないと」
「なら、目印として木にロープを巻いておけばわかるんじゃない?」
「いい考え!そうしよう」
ユフィは答えると、カバンから麻ひもを取り出し、木の幹に巻き付けた。
「これでよし。うわーっ口が嫌な感じぃー」
「私もー。早く取れてくれないかなー」
ルリとユフィは林道に戻ると、渋い顔をしながらとぼとぼとまた歩き出した。
まったくついていない。
しかし、村では経験したことがない、新しい体験であった。
これもまた、狩りの醍醐味なのだろうか?
――――――――――
木の実を食べてからまた1時間ほど。このころにはすっかり口の渋みが消えていた。
まっすぐな変化のない道を、2人は暢気に歩いている。
その時、ルリは林道の正面右側の草むらがガサガサと揺れたことに気が付いた。
ルリは気になってその場所をじっと凝視する。また、ガサガサっと揺れて、その揺れがだんだんと大きくなっていく。
揺れが最高潮に達した瞬間、ひょっこりと白い塊が林道のほうへと顔を出した。
赤いクリっとした目と、長い耳が特徴的な、30センチほどの小動物。
真っ白な体が太陽に照らされてとてもまぶしく見える。
ただでさえ真っ白で綺麗なこの小動物には、なんといっても大きな特徴がある。
小動物の持っている特徴的な長い耳は、金属のナイフのような光沢のある反射光を放っているのだ。
これは例えではない。耳が、文字通り金属のナイフのようになっている。
耳の外縁は鋭利な刃物になっていて、外敵に襲われた際、頭を振ってカウンターをするための攻撃器官になっている。
「……サーベルラビットだ」
獲物に出会えた!ルリは静かにガッツポーズをした。それと同時に、ユフィの襟首を引っ張ると草むらの中へと飛び込んだ。
「ぐへえっ!な、なnーむぐぅっ」
ルリは答える前に、ユフィの口を手で覆う。
「今見えたでしょ。サーベルラビットがいた!」
ルリが耳元でささやく。
「え、ほんとに!どこどこ」
「あれ」
ルリは獲物のほうを指さすと、ユフィの目が大きく開くと同時に、背中の剣に手が伸びる。
その背中に伸びた手をルリはガシッと掴むと、ぎろりとユフィを覗き込む。
「駄目よ。私が見つけたんだから!」
「え、あ、ごめんごめん」
ユフィは背中に伸びた手をすぐに下ろすと、頭を掻いた。
『サーベルラビット』小型魔獣。冒険家たちが定めた魔獣ランクはE。Eランクは魔獣ランクで一番低い。奴らの持っている鋭利な耳は何でも切れるくらい鋭く、柄をつけてナイフにする人もいる。しかし、性格が臆病なためにその実もを使って切りかかってくることはほとんどない。
しかし臆病ゆえに逃げ足が速く、人を見つけるとすぐに逃げてしまう習性だ。
だが今は、ルリたちは見つかっていない。
「ゆっくりと近づいて、一撃で仕留めよう」
「オッケー。でも、どうやって?近づくにも距離があるよ」
ユフィは顔をしかめて尋ねる。
「大丈夫!私に良い考えがあるから」
ルリはユフィにそう言うと、ゆっくりとサーベルラビットとの距離を詰めていく。
獲物に目をやると、林道に出てきて、そのまま毛づくろいを始めたようだ。
ルリは獲物から目を離さず、そして茂みの音に気を付けながらゆっくりと獲物の背後に忍び寄る。
そのまま、目の前の茂みの中までやってきた。距離にすると……ルリ1人分ほど。一方ユフィはルリの様子を、少し後ろの草むらから心配そうにじっと眺めている。
最後にもう一度獲物を観察する。どうやらまだ毛づくろいを続けているようだ。
今が絶好のチャンスだ!
ルリはナイフを抜くと、刀身のほうをつまむように持った。そしてしゃがんだ状態から両手を地面につけると、地面を強く蹴って、獲物のほうへ向けて大きくジャンプした。
空中で大きく体を翻す。その時、右手を左肩のほうへとねじっておく。獲物と太陽の間に影ができる。それに驚いたサーベルラビットは空へと目を向ける。
しかし、もう遅い。獲物の垂直線上にルリのおなかが来た瞬間、体を大きく左へひねると同時に、獲物の眉間に向けて右手に持っていたナイフを投げ離した。
投げ放たれたナイフの刀身は、直線的にサーベルラビットの眉間に吸い込まれていく。
遠くで見ていたユフィがガッツポーズをとる。一方のルリも、成功を確信した表情をしていた。
ナイフはそのままサーベルラビットを捕らえ、頭へと命中する――と、思っていた。
刹那。
カキーン!
「ふぇえ!」
眉間に吸い込まれるはずだったナイフがサーベルラビットの頭からはじかれ、そのまま少し離れた位置にいたユフィの髪の毛を数本持っていきながら、、木の幹に突き刺さった。
「ひえっ!」
ユフィからひきつった声が出る。
一方のルリは、サーベルラビットがナイフをはじいたことに驚き、サーベルラビットから目を離せないでいた。
もちろん、そんな状態で着地できるはずもない。
「ふんげ!」
ルリはおしりからズシンと、鈍い音を立てて落っこちた。土煙が立ち込める中、ルリはせき込みながらゆっくりと立ち上がると、あたりを見渡した。
サーベルラビットは平然と先ほどと同じ場所に立っている。どうやら、仕留められてはいないようだ。
ルリはさらに詳しく観察する。
ルリは仕留められていないにしても、確実にサーベルラビットの眉間を捕らえていたという自覚はあるし、実際にその瞬間も見ていた。
もし、投げたナイフがはじかれたのだとすると、サーベルラビットの硬い耳に弾かれたしまったのかもしれない。もしそうならば、耳には少しは傷がついているはずだ。
じーっと。ルリはサーベルラビットをよく眺める。相変わらずに平然と立っているサーベルラビット。しかし、耳のどこを見ても傷のようなものは見当たらなかった。
「ルリ!大丈夫?!」
「あ、うん。痛いけど」
「これ、ナイフ。跳ね返ってきたから。もう、投げるなら言ってよ!」
頬を膨らませて怒っているユフィに、ルリはごめんごめんと軽くあしらう。その間も、サーベルラビットをじっと見ていたのだが、不思議なことに全く逃げるそぶりを見せない。
普段は人を見ただけで逃げ出すサーベルラビットが、攻撃を受けてなお逃げないというのは、普通ではありえない。
ましてや、逃げるどころか微動だにしなくなってしまった。
真剣なルリを横目に、ユフィもサーベルラビットを、こちらは心配そうに眺めていた。
「ねえルリ。なんでサーベルラビット動かなくなっちゃったの?」
ユフィが尋ねる。
「……それがまったくわからないんだよね」
「ナイフも弾かれてたし。耳んとこに当たったの?」
「いや、たぶん違う。耳には傷1つなかったよ。真上から突き落とす感じで思いっきり投げたナイフだから、傷すらつかないのはおかしいと思うんだけど」
「確かに。硬いとはいえあの耳の薄さじゃあね。でも、額にナイフは吸い込まれてったよなあ。硬質化の魔法でも掛けないかぎり弾くことができないだろうなあ」
ユフィがあり得ないけど、という風に言った。
「硬質化?」
ルリが尋ねる。
「うん、体の一部を、特に皮膚を一時的に鉄のように固くする魔法だよ。この魔法であれば、投げナイフくらいならはじけると思う。でもこの魔法は難しくて、魔道重騎士でも使える人はごく一部なんだよ」
ユフィが得意そうに話す。騎士を目指す彼にとって、騎士魔法の知識はお手の物だ。
そんなユフィを他所に、ルリはまだじっとサーベルラビットを観察していた。やはり全く動かない。
そう思っていた時だった。
「……!ユフィ!なにあれ!」
ルリは急いで指をさす。先ほどまで動いていなかったサーベルラビットが突然、ガタガタと震えだしたのだ。
「ルリ、あれ何で震えてるか、わかる?」
「……ユフィもわからないのね。私もさっぱり」
ルリもユフィもただその様子を眺めていた。そもそも2人とも今日が初めての狩りなのだ。経験では何もわからない。
しかし、彼らは確信した。これはかなり危険な、異常事態であると。
なぜなら――。
「ルリ!サーベルラビットが光ってる!」
ユフィが叫ぶ。サーベルラビットは光沢を帯び、まるで金属のように光を反射する。背中とおなかは可動するように蛇腹状に、ただでさえ鋭利な耳はより鋭くなっていく。
言うなれば、サーベルラビットは鉄鎧をまといだしたのだ!
しかし、それは鎧を着たという風ではない。どちらかというと……。
「硬質化している!」
毛皮が金属になっていく、という例えのほうが正しい。これはまさしく、硬質化魔法の特徴だ。
魔獣ランクEが魔法を使うなんてことは、2人は聞いたことがない。ましてや練度を必要とする硬質化魔法など、到底できるはずがない。
サーベルラビットの硬質化が止まる。しっぽまでも金属に包まれた体。先ほどまで全く動かなかったサーベルラビットが、こちらを向く。
ルリと、目が合う。たった数秒の出来事。しかし、ルリの研ぎ澄まされた集中力と、音のしないこの空間においては引き延ばされたように感じる。
威嚇して、そのすきに逃げるつもりか?ルリは様々な可能性を考慮していた。
しかし、サーベルラビットから、逃げるような気配は感じない。ましてや鋭い耳をまっすぐこちらへ向け、まるで居合のごとく構えている。
「ルリ、どうする」
「……」
ルリは目を離さない。離したら、奴は突っ込んでくる。そんな予感がする。
ならば目を離さず、少しずつ距離を取るのが正しいだろう。
2人はゆっくりと、後ろに下がり距離を開ける。
1歩、2歩。サーベルラビットは動かない。
「ルリのことをずっと見ているみたいだね」
「さっきナイフを投げたのは私だからでしょうね」
ルリは考える。村へ帰るにしてもここは村から1時間かかる場所。走る体力は持たないだろう。
ならば、ナイフを投げたことで狙われているルリが、囮になっている隙にユフィを逃がす。そこで助けを呼ぶほうが正しい選択だと考えた。
「ユフィ、あと3歩下がったら一気に後ろへ走るよ」
「……でも、追いつかれちゃうんじゃない?」
「うん。けど、奴の狙いはナイフを投げてきた私になっているはず。だから、私が囮になっている隙に――」
ルリは淡々という。正直、硬質化を使ったサーベルラビットが、逃げる速度と同じくらいのスピードで突進してきたら、ひとたまりもない。
受け流し続けても、ナイフは持たないだろう。
だが、ユフィを逃がす時間くらいは稼げるはずだ。
しかし。
「……僕が作戦を考えるってことね」
ユフィは、それ以上言わせまいと、ルリの言葉を塞ぐように言った。
ユフィは、一言でルリの意図をすべて読んだ。そして1を助け1を捨てるという判断が正しいこともわかっている。
しかし、それはユフィの騎士道に反する行為だ。それにユフィは村でエイリスと約束している。
今は僕が、ルリの騎士なんだ。
するとルリは大きく息を吸って、ふう、とゆっくりと吐く。
「……そういうこと。私たちで倒すよ」
「そう、2人で倒すんだ!僕たちの初めての獲物!」
2人はそう言い交わすと、またゆっくりと下がっていく。
1歩、2歩。
3歩。
「今!」
ルリ、ユフィは後ろを向いて一目散に走っていく。全力で、追いつかれんとばかりに思いっきり走る。
ちらりとルリが後ろを振り返る。サーベルラビットは走り去るルリたちを猛スピードで追いかけてくる。このままでは、あっという間に追いつかれてしまう。
あと3m、2m、どんどん距離が近づいていく。残り1m。サーベルラビットが鋭い耳を突き立てて、後ろを走っていたルリにとびかかった。
その瞬間、ルリはナイフを抜きながら振り返り、そのままナイフで受けるとその体を受け流した。
サーベルラビットは電光石火の勢いをそのままに、前を走っていたユフィを通り過ぎて転がっていった。
そのまま地面を数メートルほど転がると、蛇腹になったおなかがブレーキになり、嫌な音を響かせて停止した。
「ナイスパリィ!」
ユフィの声が響く。そして自分の前に転がっていったサーベルラビットを見ながら、ユフィは背中の騎士剣を抜いた。新品の美しい刀身が太陽に照らされてギラリと光輝く。
サーベルラビットは、身体をまたこちらへと向けると、突進の構えをした。
「さあ、やるよユフィ!」
「オッケー、ルリ!」
次回 少女たちの初めてでイレギュラーな戦いが幕を上げる!
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