ミットナイトミッション

狂った世界

「――はっ!」


 ミコトは目を覚ました。


 手に何かの感触があった。見ると、ミコトの手にはワンマカの金色レアアイテムのキーホルダーが固く握りしめられていた。


「……マドカ、それに皆……」


 寝ぼけた口調でミコトはぼやいた。


 すると、勢いのある甲高いリンカの声が響き渡った。


「お兄ちゃん!起きるの遅い!」


 何処か、以前も聞いたことがあるような言葉だった。


 ミコトは酷く疲れた顔をしていた。


「……リンカ、か。今日は何日だ?」 


 扉越しに、ミコトはリンカに尋ねた。


「何寝ぼけたこと言ってるんですか?一晩過ごしただけじゃないですか、今日は八月二十九日ですよ!」


「八月二十九日⁉」


 ミコトは長い間眠っていたためか、夏休み中の記憶が無く、今いる世界線がわからなくなっていた。ミコトの体感時間は長い夢のせいで狂ってしまった。


「今日は始業式でしたよね!」


 リンカは当たり前のように声にする。


「俺は昨日、いや、そのずっと前は何をしていたんだ?」


 立ち上がろうとするとミコトは軽い立ち眩みに襲われた。


「覚えていないんですか?昨日の夜はノノちゃん風味タコライスを食べたじゃないですか!美味しいって褒めてくれて、あのタコライスを忘れたんですか?」


 ――ノノちゃん風味タコライス……そんなの食べた記憶が全くないぞ。……俺は夏休み、どうやって過ごしていたんだ?


 ミコトの頭は混乱状態に近かった。


「お兄ちゃん!急いでください!マドカちゃんが下で待っていますよ!」


「え」


 それを聞いてミコトは声を漏らした。 


 ――マドカ?何故リンカがその名前を……?


 ミコトは更に困惑した。


 ――待て、待て。いったん落ち着こう。


 困惑していても何もわからないと、ミコトは無理やり平然を装うことにした。


「――八月二十九日……そうか。今行くよ」 


 ミコトは扉を開けて、リンカの頭をポンポンと軽く撫でた。


「マドカちゃん、もう随分待たせちゃってるから、はやくいってあげてくださいなのです!」


 再び不思議に思い、それが、本物のマドカなのか確かめようと、ミコトは駆け足で階段を下りて玄関へと向かった。


 玄関の扉を開けると、そこには正真正銘、マドカの姿があった。


「今起きたの?ミコト、おはよう。ほら、ぼやっとしてないではやく準備してきなさい」


 マドカはこの、何かが可笑しい世界に一切疑問を抱いていない様子で、落ち着き払って言った。


 この世界は、ずっと、前からそうであったかのような世界だった。


 本当は違うのに。違ったのに。


「え、マドカ、どうしてここに……?」


「どうしてって?いつものことじゃない。彼氏の朝を迎えるのは彼女にとっては当たり前のことじゃない」


 そう言ったマドカは持っていた鞄を揺らした。鞄には赤色のワンマカのキーホルダーが付けられてあった。


 ミコトは赤色のキーホルダーを見て思った。


 ――どうやら、タソもこの世界に存在しているようだ。そして、きっとフェンダーもミドリも……。


「一体あの後、何があったんだ?」


 ミコトはマドカに向かって尋ねた。


「あの後?なにそれ。私が迎えに来ることなんて、いつものことじゃない。さあ、準備してらっしゃい」


 マドカは何か隠しているのか、忘れているかのようにSPACE‐F‐での思い出を話さなかった。


「SPACE‐F‐だよ!レノが居て……」


「本当、寝ぼけてるんじゃないの?始業式に遅刻するわ」


 ――ああ、これ、何言ってもだめなやつだ……。遅刻するし、取り敢えず仕度を急ごう……。


「マドカ、三分だけ待ってくれ」


 ミコトは、階段を上って自室に戻り、制服に着替えて鞄を背負った。


「待たせた」


 ミコトは急いで靴を履く。


「では、行きましょう」


 ミコトとマドカは二人並んで、高校へと向かった。


「手、良いかしら?」


 左を歩いていたマドカが右手を差し伸べた。


 ――手を繋ぐのか?


「あ、ああ」


 マドカの手に触れるのは久しぶりで、なんだか無性に緊張した。


 二人は手を繋いで歩いた。


 それはなんだかとても新鮮だった。


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