バウムクーヘン

※バウムクーヘンエンド(?)


「あちー」

 SNSにあげたらバズリそうなほど”昔懐かしい”駄菓子屋に、午前部活のあと寄るのが俺たちの日課だった。

 店に寄りかかるようにしておかれているすだれの後ろにあるベンチで二人、棒アイスを食べながら、しうしうしうしう、と蝉が近くで鳴いているのを聞いていた。

「げ。お前、よくそれ食う気になれるよなー、こんなに暑いのに」

 アイスを食べ終わり、次にと虹みたいな形に切られた個包装のバウムクーヘンを開ければ、柊は食べ終わった棒アイスの棒を加えながら、忌むような視線を手元に向けそう言った。

「口ん中もさもさすんじゃん」

「しねーよ。だから今アイス食ったんだろ」

「どういう理論?」

「うるせー」

 バウムクーヘンのすべてを口に入れ立ちあがれば、備え付けのゴミ箱に棒アイスとバウムクーヘンの包装を捨てた。

「じゃ、行くか」

「うーっす」

 俺たちの入部したバレーボール部は、過疎化の影響もあってか、公式戦に出られるピッタリの人数しかいないような、弱小チームだった。

 そんで同期は柊だけ。入部したてのころはよく二人で組まされてパス練をした者だった。二年目になると、後輩も入り、去年よりも離れたような気はするが、こうして休日の練習が終われば二人で寄り道するくらいには仲が良かった。なんなら次の日に部活の無い休日があれば、互いの家に泊まり込んで朝までゲームをするくらいだ。

 一緒に居るのが本当に楽しくて、馬鹿みたいに会話が続いて、笑うポイントも同じで。そんなやつは滅多にいない。これが世に言う親友というものなのだろうなと思う。

 だからこそ俺は、柊とずっと、この親友を続けたいと心から思っている。


 昔から、女の子に魅力を感じたことがあまりなかった。それよりも、中学時代新任教師として自分のクラスを担当してくれた数学の先生に心を奪われてしまう自分がいて、困惑したことを覚えている。

 女子は可愛いと思うし、気が合う子も普通にいたけれど、苦手だった数学が楽しみになって質問をしに行くようになったのは、先生が原因だったと思う。

 あーちゃんって、数学の先生大好きだよね。先生もひいきしてるっぽいし。

 女子同士の陰口だろう。その会話を耳にしてしまってからというもの、あーちゃんと呼ばれる同級生に、嫉妬に近い、自分も先生に話しかけられたいという欲を感じたのを覚えている。

 初恋だった。

 だから自分が何となく女の子に興味がない理由も分かったし、人には言わない方がいいことも薄々分かった。

「お前ホモかよ!」

 戦闘ごっこをしている男子たちに向かって他の男子が投げた言葉に、自分の胸の内を貫かれた心地がしたからだった。


 柊とは、友達でいたいと思った。男だから全員が好きの対象になるわけじゃないというのは、自分が一番分かっているのに、何故か焦りを感じる毎日だった。

「俺結婚できんのかなー」

 マリオの最終面をクリアして抱き合うマリオをピーチ姫を見ながら、そんなことを思った。

「文脈」

 ベッドに寝転んで呟く男はさも興味なさげだ。……というか、興味ないのは当たり前だろう。想像してみても、正直現実に迫るものはないのだ。でも、思わず口について出てしまうこともある。

「いや、なんかできそーにないって思って」

「俺も」

 何となく沈黙が落ちたところで、下から「ご飯できたよー」と母の声が響いた。

「でも、最近、モテてんじゃん」

「誰が?」

「おめーだよ! 裏切者!」

 近くにあったクッションを頭に投げつけてやる。

「いや、応えなければ裏切りじゃねーよ、未遂だ、未遂」

 そのまま、興味がないままでいてほしいと思う自分は一生幸せにはなれないだろうなと思う。

「俺はこのままでいいよ」

 お前といるの楽しいし。

 ぼそりと付け足された本音のようなものに、不覚にもぐっと胸に来るものがあったが、ただ次に言うべき言葉は出てこず、うつむいただけだった。

「とりあえずお前の母さん呼んでるから行こう」

 柊はのそりと起き上がると俺の前を通り過ぎ、そのまま部屋を出ていった。




 懐かしい夢を見た。あれは何年前の話だろう。高校生の頃だった、くらいの周辺記憶しかなく、それに今の今まで自分がバウムクーヘンを好きだったことさえ忘れていたのだった。

「柊に会うからかな……」

 高校を卒業してから、離れるようにして会わなくなったため、今日は本当に久しぶりに顔を見ることになる。そんな、今では友だちなのかも曖昧な俺を、どうして招待したのかちっともわからない。

 諦めたはずなのに、胸が痛む自分のことも、ちっとも理解できなかった。




 白い教会にベルが鳴り響き、永遠のような青に花びらが舞い上がる。

 久しぶりに遠目から見た柊は、あの頃の未熟な雰囲気とは違い、隣で美しく微笑む花嫁と共に歩いて行く覚悟のある顔をしていた。幸せがにじんでいるような、表情。 

 お祝いの言葉を浴びながら降りてくる二人を、なるべく人にまぎれるようにして見つめていた。のに。

「祐じゃんか、久しぶりだな、ほんとに」

 雑音が全てどこかに収縮されたみたいに、鮮明に柊の言葉が聞こえて、走馬灯のように思い出が流れ込んでくる感覚がした。こんな素敵な走馬灯を、死ぬ前にももう一度だけ見たいと思う。

「おめでとう。今日は」

 真っ白なタキシードで凛と背を伸ばす彼は、もうあの頃を知らない人みたいだった。俺だけが、過去を見つめているようだった。

「式は長かったからな、疲れたか?」

 微笑む柊に「いや、全然。体力は俺の方が負けてなかっただろ」

「そうだったな」

「もう忘れてんのか?」

 このまま軽口をたたいて、固定してしまいたかった。あの青春を標本として。

「お前は、今日、来てくれないと思ってた」

 少しだけ陰る笑顔に、それはお前もだろ、と悪態をつきたくなる。

 どうして疎遠になった俺を招待してくれたのか、分からないから。

「責めたワケなじゃい。ほら、引き出物。俺が唯一押し通せたものなんだから感謝しろよ」

「引き出物?」

 何気なく聞き返した俺の言葉に、向けられた表情。その時の笑顔を、俺は生涯忘れられないのだろうな、と思った。

「バウムクーヘン。お前が喜ぶと思って」

「え」

「好きだったろ?」

 じわり、と眦が湿った気がした。泣きたくなくて、自分ができる最上級の明るい声で、何でもないように言う。

「よく覚えてたな」

「まあな」

 少し自慢げな表情で、何が自慢なんだかも分からない俺の好みを言って、満足げに笑っている。あの日の俺は、まだお前の中にいるんだな。

 それが分かって、それだけで今日、ここに呼ばれた意味を見いだせた気がした。

「もちろん今も好きだけどな」

 バウムクーヘンが好きだったのは、さっき思い出したことだけれど。

「……そっか」

 そうして伏せられる瞼に、俺は少しだけ息を吐いた。心臓が、口から出てしまうのではないかと思ったから。

 次第に、ざわめきは耳に戻りはじめていて、魔法が解ける最後にすがるように吐き出した。

「……お前は?」

 俺の問いに柊は一瞬だけ目を丸くして、それから二人でいた時の、戻らない青春の面影を残してそっと笑った。

 その表情を見るのはきっとこれが最後だと、俺はきっとどこかで分かっていて、だから焼き付けるように瞳に映したんだ。

「俺も、すごく好きだった」

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練習帳(BL編) スズキサイハ @saiha888

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