練習帳(BL編)

スズキサイハ

ゆかし

※ブロマンス 


 隣のクラスに、転校生がやってきたらしい。帰国子女で関西弁を話すらしい。可愛いらしい。そんな噂ばかりが立ち上って、二週間。夏休み後ということもあり、だるさが勝ってしまった俺たちは、急速にその話から興味がなくなっていった。

 だから、結局のところ、どんな奴だか分からない。

 明瞭に分かっていることとしては、ぼさっとしている自分のような男には、愛読しているラノベのような恋など、到底縁のない話だし、フィクションだから楽しめるのだ。端から分かりきっている。

「ねえ、引いたら早く言いに行って」

「あっ」

「すみません」とも「はい」とも言えずそそくさ人だかりから、身体を上手く薄くして抜け出す。ただ、思ったより緊張していたようで、握りしめたてのひらを開くと、「40」と素っ気ない数字が書かれた紙切れがくしゃくしゃになっていた。

「40です」と教卓にいる、綺麗に整えられた髪の女子に呟いた。そう、こういう女の子とは、一生縁がないのだろうな。

「あー、名前言ってもらってもいい?」

 ほら、いつも名字で呼んでるから。そう言われて、自分も苦い笑みをこぼした。



 夏休み明け一発目の席替えは思ったよりも居心地が良かった。教室の一番後ろ、しかも窓際。クーラーの効いた教室からぼんやりとグラウンドを見下ろすと、授業冒頭のウォーミングアップで3周走らされているところだった。

「あ」

 太陽に負けじと走る生徒を目で追っていると、艶やかなブロンドが見えた。他のクラスメイトよりも背が高く、黒い髪の中にまぎれていることもあって、目立っていた。あれが、転校生だろうか。

 あんなにパッと見て目につく容姿をしていると、この国では生きずらくないだろうかと思う。静かに本を読んでいることが好きな俺にとって、人と関わることは少しだけ疲れる。だからこそ、一人で楽しめる本が好きなのかもしれないけれど。

 話しかけられたり、文化祭だったりは、それなりに楽しい。苦痛でもない。けれど、好き好んで自分から参加したいとは思わないだけで。その世界に生きることを許されている俺は、彼もそんな世界で生きることができればと思った。

 もちろん、彼がそれを望んでいればだけれど。



「それ、いいよね。私も好き」

「え?」

 昼休みは決まって図書室に足を運んで、数えきれないくらいに並ぶ本棚の壁に囲まれて本を読んでいた。落ち着くし、自分の居場所って感じがとても良い。二年目になったこの図書館では、ある程度何がどこにあるのかも分かってきたし、貸出の手続きをしてくれる図書委員の人たちともある程度顔見知りになった。

「そのラノベ、私も読むから」

 そうして、念のため後ろを振り返ったが自分以外にこの図書室にいる奴がいないことぐらい、自分が一番理解していた。

「て、てんきゅー、……はは」

 明らかに例の転校生だった。帰国子女はどうやら留学生だし、可愛いというよりは、女子が喜びそうなイケメンのような感じだし、関西弁は今のところ見受けられない。けれど、彼を見たのは初めてだった。

「ごめんなさい、急に話しかけて」

「いや、はいっ、こちらこそすみません」

「あはは、本当に日本人ってすぐに謝るんだね」

 そう言いながら、貸し出しの手続きを終えた彼は人懐っこそうに笑った。きっと、こいつは俺が思っていたように、目立ってしまうことについて何も考えてない、社交的な奴なんだと、少し、ほんの少し、何故かはわからないけれど、がっかりしてしまった。

「そのシリーズが好きで、ずっと日本に来たいって思ってたんだけど、日本語、変?」

「いや、完璧だと思います……、何様って感じですけど、すんません」

「ありがとう。貴方は、どのシーンが好き?」



「ってこともあったよなぁ……」

「懐かしいね~」

 昼休み、図書館に行く前にこいつ——ユーゴと昼食をとるようになって三か月。話すきっかけになったラノベのアニメ化2期がきっかけであの日を思い出していた。

「あ、そういえば今日新刊出るらしいんだけど、買いに行く?」

 その後、どこかで飯でも……、と言いかければ、ユーゴは「ごめん、今日は予定があって」と語尾を濁した。

「珍しいな」

「うん、ちょっとね。長くなるかもしれないから先帰ってよ」

「わかった」

 委員会だろうか。何となく聞き出すには憚られて、聞けず仕舞いのまま図書館へ向かった。

 その途中、一人の女子と一緒に居る姿を見て、いつも気にならないはずの光景が頭から離れなかった。



「アニメでも見るか……」

 本当だったら一緒に帰っていたことを考えれば寄り道が長引いて家にはいない頃だろうと思う。自室のベッドにあおむけに寝転べば、窓からはまだ青い空がのぞいていた。

 ユーゴは一年間、日本に滞在するのだと話していた。もう三か月。けれど昼休みくらいしか会わないし、実際に会って会話をしている時間はそう長くないだろう。来年の今頃はもういない。

 ここまで考えて思ったのは、自分がそれほどまでに彼と一緒に居ることが楽しいと思っていることだった。一人でいるよりも、楽しいと初めて思える人に出会えたのに、あと一年もしないうちに会えなくなる。嫌だけれど、どうすればいいのかなんてわからない。

「めんどくさいな……」

 もう考えるのも面倒くさくなってしまう。もとからこうした人間関係の感情に左右されて揺れるのが面倒くさくて本の世界にいたというのに。ユーゴは自分をいともたやすくそこから自分を引きずり出してしまった。

「今頃、あいつなにしてんだろ」



「今日、一緒に帰らない?」

 翌日、いつものように俺のクラスに来るなり、放った言葉がこれだった。最初の頃は俺に転校生という珍しい組み合わせでチラチラとクラスの視線を感じたものだったが、今は光景になれてしまったのか、その居心地の悪さになれたのか、気にならなくなった。

「ん? いいけど」

「で、帰り本屋によって、マックドウ行こう」

「うん」

 聞きなれてしまったフランスなまりのマックがなんだかこそばゆかった。

「俺、やっぱり優生といるの好きだよ」

 一人称を俺が教えた日からずっと使っている”俺”の発音も好きだった。

「ずっと一緒に居たいな」

 何が楽しいのがずっと、隣でニコニコしているユーゴ。でも、そのニコニコを、俺もずっと隣で見れたらと願っていた。

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