確かにそれは救いだった
目が覚めた。陽の光が心地良い。私は今日も生きているらしい。いわゆるフルリモートでできる仕事を始めたおかげで最後に家を出たのがいつだったかもう思い出せない。文明の進化ってすごい。家にいてもネット環境さえあれば食べ物も日用品も服もゲームだってなんでも揃う。
最後に人と対話をしたのはいつだったろう。もしかしたら今の仕事に就いたときが最後かもしれない。カーテン越しの太陽に手を伸ばしてみる。ほんの少し伸びた爪がうっすら光るだけで温もりとか太陽の力とかは感じられなかった。
今の状況を表せばただの引きこもり。でも私はきちんと毎日掃除をするしカーテンだって開けている。生活はできている、と思う。
きっと今日も世界のどこかには何もできずに布団にくるまっている人がいるのだろう。そう思うとほんの少し、心臓が痛くなる。私にそんなことを考える権利はないのに。ただそう思うだけ、思っていれば許される、そんな気がしてしまう。許されたいと願っている。
大学時代、助けを求める人がいた。その人はいつも苦しそうな顔をしていた。でも見て見ぬ振りをした。関わらなかった。その人が伸ばしていた手を払ってしまった。あのとき私が声をかけていれば何かが変わっていたのかもしれないと思うと、情けなくて仕方がない。学年が変わって夏休みが終わってからその人を学内で見ることはなくなった。
入学後のレクレーションで夢があるんだと笑っていた。キラキラと輝いた瞳だった。なんとなく、で入学した私とは大違い。しっかりと目標を持って夢と希望に溢れた強い瞳だった。あまりに綺麗でそれを見た途端に自分が汚く思えて思わず顔を逸らしてしまった。
講義のグループが同じになったとき、少しだけ嬉しかった。その熱量を直に感じると私も頑張れる気がした。その人は夢を持っていた。夢に向かって必死だった。だから講義に関係のない誘い、講義後ショッピングに誘っても着いては来なかった。すごいなあ、って私はそう思うだけだった。
その人の瞳が濁り始めたのは他の講義でもそのグループで受けるようになって半年くらい経ってからだった。彼女のいない場での話を楽しそうにする子がいた。周りにいつも人がいる人気者だった。そういう無邪気なところが愛される理由なのかな、とも思った。
私はひどく愚かだった。馬鹿だった。もう少し、考えるべきだった。
その人が亡くなったらしい。大学を出てからも連絡を取っていたその人気者の子が教えてくれた。
「私何かしちゃったかなあってみんなに相談したらね、考えすぎだよ、優しすぎるって言われちゃった」
この世から、いじめが消えない理由を知った。私はあまりにも愚かだった。
名前を残したくらいだ。きっと相当の覚悟があったんだろう。きっとあれからずっと悩んでいたんだと思う。私があの日、手を差し伸べていれば。そういうのやめなよ、ってたった一言あれば変わっていたかもしれないのに。
ふう、と息を吐く。最近お気に入りの紅茶に蜂蜜を垂らす。そういえばあの子も紅茶をよく飲んでいた気がする。そんなことを最近よく考える。あの子の夢の続きを描くなんてこと、私にはできない。だからせめて忘れないでいよう。あの子の夢を、情熱を。
人が悲しむ、悲しいと呼ぶそれがせめて救いであることを願う。
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