落ち星の夜
紫まつり
落ち星の夜
「流れ星、見たくないんです。悪いことが起きるから」
スマホに届いたメッセージ。どんな時も明るい彼女の後ろ向きな言葉は、必死で堪えたのにぽろりとこぼれた、本心なのだろう。
流星群の極大日、地方に住む彼女の家には星が降り注ぎ、都心に勤めるわたしの頭上には白ちゃけた夜空がただあるのみだ。
思わしくない体調を理由に、彼女はすぐさま詫びを入れてきた。そして蘊蓄を教えてくれた。遥か昔の時代、とある国で流れ星は吉兆とも凶兆ともされたのだとも。
十五も歳上のくせに単純思考のわたしに比べて、書き物を生業とする彼女は常に下調べをするから博学だ。彼女はわたしが広い心で受け止めるから何でも語れると言っていたけれど、調べたことを知識として蓄えられる彼女がすごいのだと思う。
絶望を目の前に突きつけられても気遣いを忘れない彼女に何と声をかければいいのだろうか。見上げた白い夜空には星ひとつ浮かばない。
わたしがもっと、医学に詳しければ良かったのに。思いつくのは些細な昔話ばかりで、文字を打つ指は何度も何度もスマホの上で彷徨った。
「昔、わたしが一度だけ流れ星を見た時は、すごくいいことがあったんだよね」
「いいこと? 何があったんですか?」
「上司が超高級焼肉店に連れてってくれたの。もちろん奢りで」
「それ最高ですね!」
親指を立てたキャラのスタンプが送られてくる。ころころと笑う彼女の笑顔が重なって見えた。
「でしょ? だから、今日は流れ星が見えても大丈夫よ。わたしがそのお店へ連れて行くからね」
安心して欲しい一心でわたしはメッセージを返した。見えた数だけのビールをご馳走するね、と付け加えて。
「数値、安定してました。ほっとしました!」
数日後。受診後の彼女のメッセージに、わたしは心の中で流れ星に手を合わせた。
三杯奢ることになったビールの数よりもっともっとずっと、神様にも仏様にもご先祖様にも願掛けし続けているけれど。
暖かくなったら都会にも来れるだろうか。スタンプより本物の彼女の笑顔に会いたいと強く思った。
落ち星の夜 紫まつり @violet_matsuri
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