§008 悪役令嬢
私とウィズは声をかけてきた人物に連れられて教室を移動していた。
私達が案内された教室は、教材などが雑多に置かれた倉庫のようなところだった。
そんな中で私達が相対するは二人。
一人は見るからに悪役令嬢という風貌の女の子。
令嬢の代名詞となっている金髪縦ロールに、胸元を殊更に強調した派手目なドレス。口元は扇子で隠しているが、性格の悪さが滲み出ているような切れ長の瞳。
もう一人はおそらく悪役令嬢の従者だろう。
茶色の短髪にボーイッシュな装い。一見して男の子かなとも思ったが、華奢な骨格からおそらくは女の子だろう。
そんな二人がウィズを呼び出して開口一番に放った一言がこれだった。
「ウィズリーゼ様。アーデル様に婚約を破棄されたらしいですわね。まあ、貴方みたいな何も面白くない人、いずれはこうなるだろうと予想はしていましたが……」
「本当にざまぁないッスね、グロリア様!」
そんなウィズに喧嘩を売ってきている令嬢達を殊更に睨み付けると、私はウィズに問う。
『誰こいつら。ぶっ飛ばしていい?』
そう言って私は令嬢達に殴りかかる。
まあ、私は幽霊だから全部空振りだけど。
「(同じ軍略学科の方々です。金髪の方がグロリア・ステイラット様。公爵家のご令嬢です。また、茶髪の方がサラ様。グロリア様の従者になります)」
『公爵令嬢ってことは、立場はウィズと同じだよね?』
「(そうなりますね。グロリア様は以前から私のことを快く思っていなかったみたいですので、先日のこともありますし、私に嫌みを言いに来たのだと思います)」
『あちゃー。貴族社会も大変だね。私が口を出すことではないかもしれないけど、こういうのはシカトするのが一番だよ。こいつらはウィズが嫌いなんじゃなくて、ウィズの立場が嫌いなだけなんだから、根本的なところが変わらない限りは仲良くなんてなれないだろうし』
「(ええ、その点は私も心得ております。無用な争いをするつもりはありませんよ)」
「何を黙ってますの? わたくしなんかとは口も聞きたくないということですか?」
ウィズは私と会話をしていたのだが、心の中で会話をしているため、外の人には黙っているように見える。
それが令嬢の気分を害してしまったようだ。
「いえ、少し考え事をしておりまして。して、グロリア様はなぜ私をこのようなところに呼び出されたのですか?」
あくまで冷静に、でも、強い視線をグロリア嬢に向けるウィズ。
「あら、別にわたくしは嫌みを言うために貴方を呼び出したわけではありませんわ。せっかくの機会ですし、貴方と兵棋演習で一戦交えたくてお呼び立ていたしましたの」
「私と兵棋演習を……?」
『なるほど。この公爵令嬢はウィズが国家軍師を罷免されたのを好機と捉えて、国家軍師の座をかすめ取ろうという魂胆かな。本当に意地汚いね』
「申し訳ないですが、グロリア様。貴方では私の相手になりませんよ」
公爵令嬢に対してあくまでも強気な姿勢を崩さないウィズ。
『ちょちょいちょい。ウィズも挑発に乗るのやめようよ。兵棋演習のこととなると熱くなるのはウィズの悪いくせだよ』
「(そうかもしれませんが……大丈夫です。この方に私が負けることは万に一つもありませんので)」
はぁ……確かにそうかもしれないけど、こんな無意味な対局をしたって才能の無駄使いだよ。
ウィズって思ったよりも喧嘩っ早いところあるよな~。
「随分と余裕ですわね。でも、わたくしだって貴方に真っさらな状態で勝てるとは思っていませんわ。そこでハンデをつけていただきたいのです」
「ハンデ?」
「ええ。貴方に視覚阻害の魔法をかけさせていただきます。その状態でわたくしと戦っていただきたいのです」
『……魔法?』
この世界で初めて触れる言葉に私は首を傾げる。
「(クルミ様は魔法を御存知ないのですね? クルミ様が前にいらっしゃった世界には魔法はなかったのですか?)」
『現実世界には無かったけど、ゲームの世界でならあったよ。ほら、火の玉を出したり、体力を回復させたりするやつ』
「(概ねその理解で大丈夫だと思います。ただ、魔法を使える者は限られておりまして、基本的に貴族しかその力は持ち得ません)」
『貴族だけか……。じゃあ公爵家であるウィズは魔法が使えるの?』
「(【氷魔法】を少々。私の場合は、空気を少し冷やすとか、氷で造形を作るという生活魔法程度のものですので、戦闘などには不向きと思ってもらえればと思います)」
『空気を冷やすか。私のギャグとどっちの方が効果高いかな?』
「(…………)」
場の空気が少し冷えた気がするが、概ね魔法の性質については理解できた。
魔法が貴族階級しか使えないってことは、魔法に関する正確な知識を有しているのも貴族階級のみということになる。
比率でいえば、平民の方が圧倒的に多いわけだから、おそらく国民の大半は「視覚阻害」の魔法というものをよく知らない。
そうなると、大勢にとっては、この対局がどんな条件下で行われたかなんて些事であって、仮にウィズが負けた場合は、『負けた』という事実が先行して伝わっちゃうんだろうな。
本当に底意地の悪い悪役令嬢だね。
そんな思案をしていると、ウィズがグロリア嬢に非難の視線を向ける。
「グロリア様。それは私に目が見えない状態で兵棋演習を行えということでしょうか? 盤面の広さや駒の動きが既定されているチェスなどと違って、兵棋演習の盤面は数多通りもあるのですよ。その中で視覚を奪われるというのがどれほどのハンデかはおわかりのはずです。それではさすがに……」
誰もが抱く感想なのだろう。
公爵家の従者も同様の考えなのか、グロリア嬢に向かって耳打ちをしている。
まあ、幽霊の私には丸聞こえだけど。
「(グロリア様、視覚阻害ってそんな状況下で勝って何か意味があるのですか? ウィズリーゼ様の言うとおり、このハンデではグロリア様が勝って当然ですよ)」
「(サラはバカですわね。視覚阻害魔法をかけていたにしろあのウィズリーゼに勝ったという事実は変わりませんわ。噂というのは単純なもので、一度火がついてしまえばもう止まらないものです。ウィズリーゼの敗北の報は数日経たずに学園内を駆け巡るでしょう。視覚阻害魔法のことは隠蔽された上でね。そうすればわたくしが国家軍師になることのも夢ではありませんわ」
「(さすがグロリア様ッス!)」
そこまでやり取りをしたグロリア嬢は、こちらに向き直って言う。
「もちろん盤面を確認するオブザベーションの時から視覚阻害の魔法をかけるつもりはありませんわ。それにこちらの駒の動きは嘘偽りなく逐一報告させていただきますわ。つまり、頭の中で盤面を正確に記憶して想起することができれば、普通に兵棋演習をやるのと何も変わらないということです。それくらい『盤上の天才』と呼ばれた貴方なら可能でしょ? それとも尻尾を巻いて逃げるおつもりですか?」
そんな見え見えの挑発に一度瞑目したウィズだったが、まるで計算を終えたかのようにゆっくりと瞳を開くと、先ほどの対局中に見せたのと同様の冷たい視線をグロリア嬢に向ける。
「いいでしょう。その勝負、お受けします」
『ちょっとウィズ! やめなって』
「(クルミ様、心配なさらないでください。私は別に挑発に乗ってこの対局を受けるわけではありません。絶対に負けないという計算ができたからこそ、この対局を受けるに至ったのです)」
『……ウィズ』
「サラは外で見張りをしていなさい。私がウィズリーゼ様をいじめているみたいな噂が立ったら元も子もありませんからね」
「はいッス! グロリア様!」
「さあ、ウィズリーゼ。目に物見せてやりますわ」
こうして、公爵令嬢グロリアとの阻害条件付きの兵棋演習が幕を開けた。
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