第41話 直面する真実(2)


 車に轢かれて死んだ。


 電車の次は車か――。

 どうしてこうも、乗り物に対しての運が無いのだろうか。


 春樹は雲の上のような白い世界で一人――ため息をついた。


 そう、一人――。

 彼は人間の姿だった。


 どうやら、この姿と言うことは人間として死ねるようだ。


「せっかく、彩香と一緒になれたのにな・・・・・・」

 春樹はしょんぼりとした顔でため息をついた。


 犬でも彼女と同じ時間を生きられて幸せだった。

 でも、結果として彼女が生きてくれれば、それ以上に良いことはなかった。


「――どんだけ好きなんだよ、君は」

 春樹が顔を上げると、そこには呆れ顔の犬神がいた。

 困ったやつだ、そう言いたげな顔をしている。


「えっ? なんでここに?」

 いつの間に――。気がつかなかった。


「何でも何も、君はここがどこかわかるのか?」

 やけに真剣な顔で犬神は春樹に問う。


「――わからないです」

 周囲を見渡して考えるが答えは出ない。


「三途の川だよ。ここは――生者と死者が交わる唯一の世界」

 確かに犬神の後ろに川らしきものが見える。

「つまり、俺はこれから死ぬと・・・・・・?」

「というより、もう死んでいるんだけどな」

 犬神は春樹の言葉に、何を言っているんだ、とでも言いそうな呆れ顔をしている。

「えええっ!? その川超えたらじゃないの!?」

 せめて、これから超えると言ってくれ。

「ん? 何を言うんだ? ――もう超えてるんだよ」

 右足で下を叩き、こっちが死者の域、とそう言う。

「えええっ・・・・・・、まじか・・・・・・」

 僅かながらの希望が絶望へと変わり、春樹は大きくため息をつく。

「――君に一つ問う」

 犬神は落ち込む春樹に向かって静かに言った。

「はい・・・、なんでしょうか?」


「君は犬になって良かったか?」


 一瞬、いつもの冗談かと思ったがその表情は静かで真剣だった。


「んー、良かったですよ。生きていた頃は気づかなかったことに気づけましたから。それだけでも、死ぬ前に知っておけて本当に良かったです」

 春樹は後悔が無いような晴れ晴れとした笑顔でそう言った。


 彼女の気持ちに。

 気づけなかった自身の気持ちに。


「本当に――それだけかい?」

「あとはですね・・・・・・。犬になってこの世界を歩くと、まるで別の世界のようでした。同じ世界のはずなのに、視野ががらりと変わって・・・・・・正直、驚きましたよ。まあ、そう言った意味では、別の人生を生きられたようで良かったですよ。――ただ、なんで犬になったのかはわからないままでしたが」

 未だにそこだけが分からないのは惜しいが。

「――君が犬になった理由か?」

 不思議そうな顔で犬神は言う。

「はい。そこがわからないんですよね・・・・・・」


「そりゃ――私が君を犬にしたんだよ」


 あっさりとした口調で犬神は言う。


「へぇ・・・・・・、――って、えええっ!?」

 自分が犬にしたって言わなかった?

 春樹は口を半開きにして、呆然と犬神を見つめる。


「元はと言えば、君の死は本来あるべき死ではなかったのだよ。度重なる不運により、君の死は発生した。その中で、私は全てを元に戻すため――君を死なせる訳にはいかなかった」


 哲学者のような口調で犬神は静かに。

 そして、はっきりと――その言葉を紡いでいく。


「だから、犬に・・・・・・?」

「ああ。私が君を生かせる方法はこれしかなかった――。そして、君は見事に真実へと辿り着いてくれた。本当に――感謝する」

 ゆっくりと犬神は春樹に向けて頭を下げた。


「・・・・・・なんで。なんで犬神が感謝をするんですか?」

 春樹から感謝することはあったとしても、犬神から感謝される理由が見当たらない。


「私には――あの製品を作った責任がある」

 犬神は確かに重い口調でそう言った。


 犬神の言う製品とは――。

 その特許のモーターのことだろうか。


 その間、犬神に抱いていた疑問が繋がる。


「まさか――」

 犬神が言ったことを思い出す。


 半年前、モーターの特許関係者の一人の日本人が交通事故で亡くなった。


 その後、改ざん事件が起こってしまった――。


 まさか、そのために。

 そのために犬神は――。


「――そういうことだよ。だから、最期の責任を果たさせてくれ」

 春樹の言葉を遮るようにそう言って、犬神は空見上げて遠吠えのように吠えた。

 その遠吠えは、この空間に染みるように響いていく。


 すると、春樹の身体が白く光を帯び始める。


「えっ、もしかして――天国に?」

 この光はきっとその光だろう。


 犬神は春樹の方に振り向き、笑顔でこう言った。


 私からの御礼だ。

 ありがとう、池上春樹君。


 途端に白衣を着た一人の男性が頭に浮かぶ。


 この人が本当の――犬神。


 春樹は輝く光の中、意識を失った。

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