第40話 直面する真実(1)
柏木から語られた真実。
少なくとも自分は封筒を奪おうとしただけで、春樹を突き落すつもりはなかったこと。
それを聞いた春樹の中で、すべての疑問が繋がった気がした。
「悪気はなかったんですよ・・・・・・。ただ俺は部長のために・・・・・・。そうだ、そうだ。俺は悪くない・・・・・・。俺は部長のために、あの書類を取り返そうとしただけだ・・・・・・。取り返そうとした拍子に池上に当たって、たまたま池上が線路に落ちてしまった・・・・・・。そうだ、不可抗力だ・・・・・・」
自問自答をするように柏木はそう言って、ふらふらとした足取りで道路際の歩道まで歩いていく。
しばらく俯いた後――途端に開き直った顔になった。
一瞬にして、彼を包んでいた何かしらの雰囲気が無くなった。
「――そうだ、俺は悪くない」
大きく息を吐き、柏木は笑顔になった。
春樹は柏木のあまりの心境の変わりように驚いた。
これが――。これが――人間なのだ。
人間とは。傲慢で自分の都合の良い解釈をする。
そう言う生き物なのだ。
春樹は自身に仕方ないと言い聞かし、この怒りと憎しみが入り混じった感情を押し殺す。
駄目だ――。感情的になっては――いけない。
春樹は歯を食いしばる。
「春樹を返してよ!」
柏木の話を聞いた彩香は、柏木の胸ぐらを掴むような勢いで掴みかかる。
その姿は行き場のない怒りをぶつけている。そんな姿だった。
「俺は――悪くないっ! そうだ! 悪くないんだ! ――ちくしょう!」
自暴自棄になったような顔で柏木は、彩香を振り解くように強く突き飛ばす。
突き飛ばされた彩香は車道に勢いよく放り出された。
「いったっ・・・・・・」
転んだように倒れる彩香の前に車道を走行していた大型トラックが向かってくる。
その速さから見て、急ブレーキを踏んだとしても間に合わないだろう。
春樹は悟ったのと同時に全神経を集中させた。
「彩香!」
春樹は精いっぱい足を踏み上げ、勢いよく車道に飛び出した。
そして、突進するか如く彩香を突き飛ばし、大型トラックの走行経路外に逃がす。
クラクションと共に鈍い音をたて、春樹は数メートル先に吹き飛ばされた。
「春樹!」
泣き叫ぶようにその名を呼びながら、彩香は春樹の元へ向かう。
春樹の下半身は内出血や外傷の血で真っ赤になっていた。
「あ・・・、彩香・・・・・・?」
春樹は顔だけ上げてきょろきょろと辺りを見渡し、霞んだ声で彼女の名を呼んだ。
痛み。それすらなく――無に等しい感覚。
胴体は動かず、もはや感覚すら――ない。
聴覚――。視覚――。
五感が次第に奪われていく。
「なに? ここにいるよ、春樹!」
「見えないや・・・・・・。ごめんね、彩香・・・・・・。また、いなくなって・・・・・・」
春樹は目を瞑り、可笑しそうに笑った。
「そんな! 駄目だよ! 春樹、もう行かないでよ! また、私の前からいなくならないでよ!」
彩香は春樹の身体を揺すりながら泣き叫ぶ。
「ごめん・・・・・・ね・・・・・・」
春樹は力尽きたように上げていた顔を下ろす。
彩香の泣く声がこの場に響く。
「ほら、行くぞ」
若い刑事は脱力したような姿勢で座り込む柏木の腕を掴み、自分の車へ連行して行った。
隣にいた犬神はゆっくりと春樹の元へ歩み寄る。
「まったく――君と言う人間は。もう少し犬であることを自覚したまえよ」
目を開けない春樹に犬神は呆れた声で言う。
「――だが、それも君らしいな」
犬神は自身の中で答えを出したのか、空を見上げ、遠吠えのように吠えた。
その声は透き通るようにこの空間に響いていく――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます