第37話 近づいていく真実(3)
金曜日の昼。
春樹はケージの中で目を覚ます。
「えっ、結構寝てたな・・・・・・」
時計を見ると正午を回って、午後の三時。
どうやら、半日以上も寝ていたようだ。
寝起きのようにふらふらと台所へ行くと、エサ台の上にしっかりとエサがあった。
そのエサ台を重石にするようメモ用紙が置いてあった。
「これは朝ごはん兼お昼ごはんです――か」
メモ用紙には丸みを帯びた優しそうな字でそう書いてある。
彩香の字だ。
昔から変わらない柔らかな字だ。
もう一度エサ台を見る。
確かにそう言われると、いつもよりエサが多く見える。
普段の食事の五割増しくらいだ。
朝昼兼なのも納得がいく量。
「にしてもなー」
ドッグフードを食べながら、春樹は考えていた。
――何故、自分は突き落とされたのか。
その場にいたから――?
封筒を持っていたから――?
先頭に立っていたから――?
駅が混んでいたから――?
想定されるあらゆる理由。
「というか・・・・・・そもそも、先頭にいなかったらどうなっていたんだ?」
仮に先頭ではなく先頭から三番目以降。
つまり、線路よりも離れていたら、どうなっていたのだろうか。
その場合、距離的に突き落とされることはなかったのではないか。
逆に春樹ではない誰かが突き落とされていた可能性があったのかもしれない。
「いや、でもそれだと俺が突き落とされる理由がないよな・・・・・・?」
突き落とされるのが誰でも良い訳ではなかったはずだ。
突き落とされた。それが春樹だった。
それに意味があったのではないのか。
「だとしたら、やっぱり、封筒か・・・・・・?」
口をもぐもぐして、食べながら春樹は考える。
『封筒を持った春樹が先頭にいたため、封筒を奪うため突き落とされた』
つまり、こういうことだろう。
春樹は頭の中を整理していく。
「封筒の中身の資料に関係している人だよな――――やっぱり」
少なくとも中身を知っていた人の犯行だろう。
もちろん、この封筒を渡してきた風間部長も容疑者に入る。
でも、葬儀の際に通りかかった時のあの言葉を聞く限りその線は薄い。
「かといって、戸田部長と言う確証もないしな・・・・・・」
明確な確証はない。あくまで憶測だけだ。
となると、最後の手札は犬神から入手した防犯カメラに映った男だろう。
その手を伸ばしていたということから、封筒を奪おうとしたのは間違いない。
「顔が映ってないのがな・・・・・・」
ドッグフードを食べ終わり、春樹はため息をついた。
防犯カメラに顔が映っていれば、決定的な証拠になったのに。
「そう言えば、あの時って確か――」
春樹はハッとした顔で何かを思い出す。
電車が来る数分前、いきなり大勢の人が改札口の方から来ていた。
その理由はアイドルのコンサートだから。
電車を待つ人も、いつもの倍以上の人数だった記憶がある。
確かにあの時は混んでいた。それは間違いない。
「――って」
あの時どうして――。
春樹は違和感に気づいた。
あの人の言葉だ。
普通はあんなに混まない。
混む理由もそれほどない。
それなのになぜ、あの人はあの時は混んでいたこと。
そして、その理由まで知っていたのか。
なら、答えは一つだろう。
「――あの場にいたから、か」
春樹と同じようにあの場にいたから、混んだ理由を知っていたのだ。
あの駅は彼の通勤ルートには該当しない。
つまり、本来いる理由はない。
でも――あの場に彼はいた。
「だとしたら――っ!」
春樹は慌てて、家を飛び出す。
だとしたら、少なくとも俺を突き落したのはあの人だろう。
「ちくしょう!」
春樹は勢いよく家を飛び出し、全速力で職場へ向かって行く。
怒り――。悲しみ――。
そんな言葉じゃ言い表せない不の感情が春樹を突き動かす。
悔しさのあまり歯を強く噛み締め、込み上がる感情を押し殺す。
なんでだ――。
なんで――。
どうして――。
どうしてだよ――柏木さん。
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