第30話 動き始めた真実(5)


 気が付けば、午後七時。


 とぼとぼと来た道を戻るように歩いていたら、こんな時間になってしまった。


「ただいま・・・・・・」

 玄関のドアを開け、春樹は玄関へと入る。


 春樹は後ろ足を器用に使いぴょんと飛び、部屋の電気をつけていく。

 リビングの電気をつけると、スーツ姿の彩香がうつ伏せに倒れていた。


「――彩香! 大丈夫か!」

 慌てて駆け寄り、春樹は彩香の名を叫ぶ。


 ぐったりとしているその姿は、まさか――。

 途端に血の気が引いていく。


「んっ・・・・・・」

 すると、彩香は甘い声で出して、寝返りを打っていた。

 なんというか、この声を聞くと何かが騒ぎ出すのはなぜだろう。


「・・・・・・あれ?」

 春樹はぽかーんと口を開けている。


 倒れていたんじゃない。

 どうやら、疲れて寝ていたようだ。

 春樹は気が抜けたように安堵のため息をついた。


 にしても、なんで電気を点けないで寝ていたのだろう。


「んー、なんでだろう?」

 それが一番謎だった。

「んあっ・・・・・・」

 ごろんと春樹の方に寝返りを打ち、ゆっくりと瞼を開く。

「・・・・・・」

 彩香は瞼をゆっくりとぱちぱちして、寝ぼけ顔で春樹を見つめる。

「おはよう。彩香」

 微笑むような声で春樹は彩香の耳元でそう囁く。

「ふえっ? ――――えっ? なんで?」

 ハッと我に返ったような顔で彩香は飛び起き、春樹と距離を取る。

「なんでって、彩香がリビングで寝てたから? それに電気も点けないでどうしたの?」

 ゆっくりと彩香に近づき、春樹は心配そうな顔で言う。

「えっ、私寝てた・・・・・・?」

 両手を自分の顔に当て、信じられない顔をする。

「うん。可愛い寝顔してたよ」

 ほっこりした顔で春樹は言う。


 スーツの彩香の寝顔も可愛いことがわかった。

 良い収穫だ。


「っ・・・・・・」

 真っ赤な顔で彩香は目を逸らす。

「にしても、心配したよ。彩香が倒れてて、俺はもう――」

 気が付くと春樹は涙を流していた。


 もう――。

 その後、俺はいったい何を言おうとしたんだろうか。


「もう・・・?」

 その後の言葉を待つように彩香は言う。


「もう――おっぱいが触れなくなると思ったよ」


 何言ってんだ俺は。

 春樹はハッと我に返り慌てる。


「バカっ」

 蔑んだ目でそう言うと彩香は台所に行ってしまう。

「ああああっ! ごめんって! ごめんって、彩香!」

 あたふたしながら春樹は彩香の後を追う。

「ふんっ、いいわよ。そんな風に思っている変態の愛犬には――ごはん無しよ」

 むすっとした顔で台所へ来た春樹に言う。

「えええっ・・・、それはちょっと困りますよー、彩香さんー」

 結構な距離を歩いたからか、いつもよりお腹が空いている。

「じゃあ・・・・・・、本当のこと言いなさいよ」

 春樹に背を向けて、彩香は恥ずかしそうに小声で言う。

「本当のこと・・・・・・?」

「もう――の後よ。いくら、春樹でもそんなこと思ってないでしょ?」

「んー、思っていたから言ったのは一部あるけれども・・・・・・」

 春樹は瞬きをしながら困った顔をする。

 全部と言ったら、本当にご飯抜きにされそう。

「えっ、それ以外は・・・・・・?」

 彩香はしょんぼりとした寂しそうな顔で言う。


「んー、よくわからないんだけど、彩香が倒れているのを見て、崖から崩れ落ちたような気持ちになったよ。・・・・・・なんでだろ?」

 それ以外の感情と言ったらこれだろうか。

 春樹は自分でも不思議なのか首を傾げて言う。


「それって――」

「それって?」

「――ううん、何でもない。正直者のハルちゃんにはご飯をあげましょう」

 そう言って彩香は、なんだか嬉しそうな顔で犬用のごはん皿を床に置く。


「おっ。ありがとう」

 そんなに喜ぶようなことを言っただろうか。


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