第29話 動き始めた真実(4)


 突然現れた――秋田犬、犬神。


「なんで・・・・・・?」

 春樹は呆然と口を半開きにして、犬神を見つめる。


「なんで――って? そりゃ、私が犬神だからだよ」

 どうしてか嬉しそうな顔で犬神は言う。

「・・・・・・へえ」

 相変わらず、その犬神だからと言う説得力は微塵も感じない。

「なんだ、そのやる気のない声は・・・・・・」

 今度は犬神が口を半開きにして、驚いた顔をしている。

「いや・・・・・・、犬神ならわからないこととかないのかなーって思いまして」

 わざとらしく春樹は言う。

 無論、冗談のつもりだった。

「そりゃ、わからないことなどないぞ――ほぼな」

 ドヤ顔で犬神は言う。

「ほ、ほぼですか・・・・・・?」

「ほぼというのは、ほぼだぞ?」

「ほぼとは――」

「九割くらいだ・・・・・・わんっ」

 右手で挙手をして、犬神は言う。

「なるほど・・・・・・。なら、教えてほしいんですが」

 話を切り替えるような口調で春樹は言う。

「なんじゃらほい」

 犬神はふざけているように何度も頷く。

 その姿がなんとなく酔っぱらっているおじさんに見えた。

「今、グレイス商事で商品改ざんがニュースになっているじゃないですか?」

「あー、あのな」

 うんうんと相槌を打つように頷く。


「その商品って、なんだかわかりますか?」

 わかるはずがない。春樹はそう思いながらも言ってみる。


「商品――?」

 犬神は春樹の言葉に違和感があるのか首を傾げる。


「商品ですよ?」


 もう一度犬神に言う。

 また、ふざけたことを言うかもしれない。要注意だ。


「いや、商品と言うより、製品だよ――あれは」

 犬神はいつもよりもワントーン低い声で言う。


「製品?」

 商品じゃないのか――?

 春樹は不思議だった。


 それに犬神の雰囲気が変わったように見えた。

 気のせいだろうか。


 すると、犬神は深呼吸をして目を瞑った。


 ――モーターだよ。


 一瞬、目つきが変わったように見えたが気のせいだろうか。


「モーター?」

 あの回転する機械のモーターとかだろうか。


「ああ。海外で特許申請されている電動機――所謂モーターだ。それを日本に輸入しているのだが、ある時を境にモーターのシャフト部分――まあ、回転部分の軸のような部分だ。その部品の一部がどの行政の許可も無く、安価な物に変更されていた」


 犬神は自分で言いながら、いくつか言い方を変えていく。

 電動機やシャフトなど言われても素人にはピンとこないだろう。

 犬神はそう思った。


「そんな――」

 犬神から語られる事実に春樹は信じられない顔をする。


 無許可で変更――。

 勝手に変更――。

 まさしく『改ざん』そのものだ。


「そして、書類上は元の部品のままで輸入しているその安価な部品には、実は大きな欠陥があったんだよ」

 ゆっくりと春樹を中心に円を描くように歩きながら、犬神は淡々と話していく。


「欠陥?」

 ということは、何かしらの不備があるということだ。


「それはある温度に達すると溶けだすという欠陥だ」

 犬神はどうしてか悔しそうな顔で言う。


「ある温度とは・・・・・・?」

「100℃だよ。モーターをフルに使えば、半年もしないうちにその部品は溶け始めてしまう。厳密に言えば、少し違うがな。しかも、そのモーターは人間が使うあるものに搭載されている」

 犬神はその後の言葉を躊躇った。

「ある物って・・・・・・?」

 恐る恐る春樹は聞く。


「――自動車だよ」

 冷静な口調で犬神は確かにそう言った。


「えっ――」

 その自動車がやがてどうなるかは、春樹でも容易に想像できた。


「君が持っていたのは、その裏付けとなる書類の一部――だったんだろう?」

 犬神は全てを見通しているかのような目つきで春樹に言う。

「そうですね・・・・・・。そう言えば、ある時から変更されたって言っていましたよね? それっていつなんですか?」

 それがすべての元凶だったかもしれない。

「おそらくは半年前だよ。それに関係しているかわからんが、同時期にその特許に関わった日本人が交通事故で亡くなったらしい」

 そう言う犬神もどこか曖昧な顔をしている。

「半年前・・・・・・」

 それらしき案件は少なくとも春樹は関わった記憶は無かった。


「でも、なんでそれを?」

 気が付く。どうして、犬神がそんなこと知っているのだろうか。


「なんでかって? それは――」

 続きを犬神が言おうとした時だった。


『あっ、課長。ここにいたんですね!』

 

 犬神向けてそう言ったのは、スーツを着た青年だった。

 見た目は春樹と同じ年くらいに見える。


「おっと、すまない。ちょっと、立ち話ならぬ犬話をしていてな」

 嬉しそうな顔で犬神は青年の元へ向かう。

「またー、すぐ犬と話したがるんですからー。課長はー」

 呆れたような顔で青年は向かってくる犬神に言う。

 その光景は青年が犬神と会話をしているように見えた、

「ちょっと、どういう――」

「それじゃあ、捜査に戻るとするよ」

 春樹の言葉を遮るように犬神はそう言ってこの場を去ろうとする。

「捜査――?」

 春樹は組を傾げて、意味がわからないような顔をしている。


 すると、犬神は言い忘れたように振り向きこう言った。



 ――私は警察犬だからな。



 笑顔でそう言って犬神は青年が乗ってきた黒いセダンに乗って行った。


 春樹はしばらく、その場に立ち尽くしていた。


「何がいったい・・・どうなっているんだ・・・・・・?」

 話が急展開すぎて、春樹の脳内は困惑していた。


 とりあえず、落ち着こう。

 春樹は大きく深呼吸をする。


「んー、どういうことだ?」

 気持ちは落ち着いてきた。

 だが、現状の整理がまだできない。


 つまりは――


『改ざんされた特許商品とは、海外で作られたモーターということ』


『モーターの一部は、ある一定の温度で溶け出す性質であったこと』


『そのモーターは自動車に使用されているということ』


『俺が持っていた書類は、その改ざんの証拠の一部らしいということ』


『犬神にも話せる人間がいたということ』


『犬神は警察犬であるということ』


 犬神との会話を振り返ると、そういうことだろうか。


「まじかよ・・・・・・」

 よくよく考えてみると衝撃的なことだらけだ。


 急激に真相に近づいていくこの感覚は恐怖。

 その感覚に近い。


「もし、それが本当なら――誰なんだ」

 その改ざんを指示した人間はいったい誰なのか。


 そして、俺を突き落としたのは誰なのか。


 春樹は空を見上げてから、ため息をついた。


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