第28話 動き始めた真実(3)


 ここから電車で二十分。

 犬歩で言うと何時間かかるんだろうか。

 春樹はそう思いつつも、大通りのオフィス街にある自身の職場へと向かって行く。


 二時間半かけて、ようやく職場へとたどり着く。


 支店の入り口には大勢のマスコミで溢れている。

 おそらく、あの問題は札幌支店で起きた問題のはずだ。

 だからこそ、風間部長はその資料を持っていた。


 この状況を見て、正面から行くのは難しいだろう。

 他に入り口がないかと辺りを見渡す。


 確か――裏にある喫煙所の横に扉があったはずだ。

 春樹は喫煙所へと向かう。


 向かう中、春樹は先輩の話し相手だけのために吸わないのに喫煙所にいた時期があったことを思い出す。

 あれは最初の教育担当の先輩だ。

 喫煙所で一時間くらい、仕事以外の話をしていた気がする。


 まあ、その先輩はもういないけど――。

 彼は一年ほど前に会社を辞めた。

 辞めた理由はわからない。

 それと同時に春樹が喫煙所に行く機会は無くなった。


「あの人も社交的ではあったから、別に悪い人とかじゃなかったんだけどな・・・・・・」


 ただ仕事はしなかった。

 訳も分からない仕事を投げられていた記憶が蘇る。

 当時の春樹は、そう言う教育方法なんだろうかと不思議に思っていた。


 喫煙所前に着くと、喫煙所で三十代の男と四十代の男が話していた。


 あの人たちは――事務課長の椎名さんと人事部長の田辺さんだ。

 春樹の知る人物だった。


 普段、春樹が他部署の管理職と話す機会はほとんどない。

 田辺は新卒採用の際に面接官であり、椎名とは直接仕事をしたことは無い。


 春樹が入社した時、椎名は人事部に所属していたらしく、その当時の教育担当は田辺だったとかで、今も仲が良いと春樹は柏木から聞いたことがあった。


 春樹はそんな二人の会話に耳を傾ける。


「入り口、マスコミがすげえな」

 田辺は煙草に火を点けながら、他人事のようにそう言った。

「そうですね。今回の問題で本社も各支店もだいぶ叩かれていますよ」

 ため息をついて、椎名も他人事のように言う。

 部署が変わった後も喫煙所で会えば、二人はこのように世間話をしている。

「でも、あの問題は札幌支店(うち)だろ? うちとなれば、当事者――犯人は二人のどちらか――か」

 田辺は気が付いたようにそう言うと、途端にめんどくさそうな顔をする。

「二人――? あー、営業部長の風間さんと戸田さんですか?」

 煙草をくわえながら、椎名は眉間にしわを寄せながら思い出した顔で言う。

「おそらくな。どちらもやってそうだから何とも言えないな」

 風間も戸田も田辺の数個上の先輩だ。

「第一営業部と言えば、数日前に若手の池上君が人身事故で亡くなったじゃないですか? あれは自殺だったんですかね?」

 そう言えば、そう言いそうな顔で椎名は言う。

 春樹が亡くなった当日はその話題で社内は持ちきりだった。

「あー、あれか。あれは少なくとも過労での自殺という認定はされてなかったようだぞ。それだったら、今頃お前ら労基署対応で忙しかっただろ?」

「それは・・・・・・そうですね。自殺となると・・・、まずは職場環境を疑われますからね」

 想像してか、椎名は大きくため息をつく。

「となると、池上の事故も何か関係していたのか?」

「だとしたら、この問題は相当――深そうですね」

「だーな」

 田辺が他人事のようにそう言って煙草の火を消した。


 つられるように椎名も火を消し、二人はビル内へと入っていく。


「風間部長か戸田部長か・・・・・・」

 話を聞いていた春樹は呟くように言う。

 確かに商品の品質改ざんならば、まず疑われるのは営業部だ。


 札幌支店の営業部は、風間部長率いる第一営業部。

 戸田部長率いる第二営業部。

 計二つの部署がある。


 第一営業部の特徴は『リピーターを優先する部』

 第二営業部の特徴は『新規開拓をメインとする部』

 お互い方針も違うし、部の雰囲気も違う。


「にしてもな・・・・・・」

 やはり、俺の死も関係しているのだろうか。

 あの二人の会話からして関係ない訳ではなさそうだ。

 春樹はその場に立ち止まり考える。

「んー、どうするかな」

 どちらにせよ、何の商品だったのか。

 話はそこからだろう。


 春樹は必死に思い出そうとするが、最初に書かれた一文しか思い出せない。


『特許商品の商品改ざんについて』


「――ん? 待てよ・・・・・・? 特許商品?」

 春樹は眉間にしわを寄せて考える。

 第一営業部では特許が絡む新規の商品は扱っていない。

 それにリピーターからも、ここ最近は特許に関わる商品の話も来ていない。

 部に関わる仕事のほとんどを春樹は覚えていた。

 それもそのはず。春樹は先日まで請求書を事務へ提出する仕事をしていて、記載している業務項目を自然と覚えていたからだ。


 ということは、第二営業部か――?

 新規の案件だろうか。


「いやでも、確証はないな・・・・・・。まず、その特許商品を探すか・・・・・・」

 確証が無いのに疑いの矛先を向ける訳にはいかない。


 さて、自分でそうは言ったものの――どう探すのか。


「とりあえず、帰るか・・・・・・」

 春樹はそう言ってため息をつき、職場に背中を向けた。



 ――お困りかい、元人間。



 背中を向けた先にいたのは――犬神だった。

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