第24話 春樹と彩香(15)


「そう言えばさ――」

 パジャマに着替えた彩香がリビングへ戻ってくる。


「ん? どうしたの?」

 怒っていた顔で部屋に行ってしまったわりには、ケロッとした顔をしている。

「高校の時の綾ちゃんって覚えてる?」

「高校と言うと・・・・・・、あの綾ちゃん彩ちゃんの?」


 伊藤綾香。

 時々ちょっと下品なネタをやっていた彩香の友だちだ。


 当時の春樹の記憶では、なんというか女子力がないというか。

 容姿は普通よりも可愛いとは思っていたので、なんかもったいない感じがしていたことを思い出す。

 ちなみに彩香とは席が近かったので、綾ちゃん彩ちゃんとコンビみたいに言われていた。


 記憶を掘り下げるのと同時に春樹は高校時代を思い出す。


 ほとんど一緒に帰っていた。

 二人でカラオケに行ったし、二人で遊園地に行ったし、二人でプールにも行ったし、二人で―――。

 どんな時でも俺の隣には彩香がいた。


 制服を着た彩香が笑顔で振り向く姿が目に浮かぶ。


「うん。そう、でさ、その綾が結婚したんだってー」

「えええっ、あの伊藤が?」

 春樹は口を半開きにして、目を見開く。


 平気で大股開いてお笑い芸人のネタをやっていたり、彩香に抱きついて胸を揉んだりしていたあの伊藤が――。

 春樹は想像するが、彼女の結婚のイメージがわかなかった。


「授かり婚らしくて、半年後くらいには生まれるみたい」

 そう言って、SNSの彼女の投稿と見られる画面を春樹に見せる。

「おおっ、伊藤だな・・・・・・。まじか」

 投稿写真に写る彼女は少し髪が伸びているが、春樹の知る伊藤綾香に間違いなかった。

「もう私たちもそんな年になったんだねぇ・・・・・・」

 まるでご老人のような言い方で、ソファーに座り飲み物を飲んでいる。


 本年二十五歳。

 もうアラサ―の仲間入りである。


「なんか一瞬で雰囲気が老けたように見えるけど」

 振り向いて見てみると、帰ってきた時のような若々しい雰囲気は無い。

「そう? そんなに?」

「んー、雰囲気は三十代の女性だよ」

 三十代の独身OLの雰囲気がする。

「おー、魅惑の三十代じゃないのー」

 話を持ち上げるような口調で彩香は言う。

「んんんっ!? 魅惑の三十代!?」

 耳をぴんとさせ、春樹はその言葉に反応する。

「・・・・・・ハルちゃんね。覚えときなさい。女はね、年を取る度に色っぽくなっていくのよ」

 彩香は足を組み、春樹に言い聞かせるように言う。

「ふむふむ・・・・・・。年を取る度に・・・・・・!」

 尻尾もぴんっと立っている。

「そうよ。だからねー、私も年を取る度に色っぽくなっていくのよ? わかる?」

 彩香は少し顔を赤くして、春樹に訴えるように言う。

 別に今の彩香が色っぽくないとは、一言も言っていないのだけれども。

「う、うん・・・・・・」

 なんか様子がおかしい。普段と違う口調だ。


 春樹はその手にあるものを見てみると、それは――缶チューハイだった。

 目の前の机には空の缶が二本。いつの間に。


 ・・・・・・酔っているのかい。

 春樹は呆然と彩香を見つめる。

 というより、こんなに酔っている彩香を見るのは初めてな気がする。


 二人でご飯を食べに行ったり、部屋でご飯を食べたりの時も彩香がお酒を飲んでいるところはほとんど見ない。

 飲んでも一口程度、そんな記憶がある。


「・・・・・・へえ」

 春樹は感情が籠って無いような言い方で彩香に返答する。

「へえ? ってなによー、何そのやる気のない返事はー」

 解せない顔で彩香は春樹の頬をつまむ。

「いひゃいでひゅ・・・・・・」

「――え? 彩香さん、可愛いって?」

 そう言って、嬉しそうな顔で手を離す。

「――そんなこと言ってないです」

 春樹は真顔で即答する。

 どこをどう聞いたら、そう聞き取れるのだろうか。

「なによ! 可愛くないって言うの?」

「んー、それはですね・・・・・・」

 春樹は眉間にしわを寄せ困った顔をする。

「可愛いの? 可愛くないの?」

 酔っぱらった顔で彩香は春樹に近づく。

 互いの顔の距離は三十センチほど。

「――可愛いです」

 春樹は真面目そうな顔で答える。


 可愛いに決まっているじゃないか。

 顔を赤くした無邪気なその顔も。

 解せないと眉間にしわを寄せたその顔も。


 どんな顔の君も――愛おしい。


「よく出来ましたねー。ご褒美として、今日はベッドで寝ましょうねー」

 それを聞いて彩香は嬉しそうに抱き着く。


 今日は、というより今日も――か。


「おおおっ? 本当に?」

「本当に決まっているじゃない。私はあなたを――愛しているのだから」

 彩香は右手で春樹を抱き、左手で缶チューハイを飲みきり、笑顔で答える。

 酔っているがその言葉に嘘偽りはない。春樹は確信した。

「俺も――愛してるよ」

 春樹は小さく頷き、笑顔でそう言った。

「じゃあ、寝よっか!」

 彩香は春樹の両前足を抱え、そのままベッドへ連れて行く。

「えええっ、ちょっと待って――」

 その場の流れのように展開が早い。

「ん? なに? 積極的な女は嫌いなのー?」

 彩香は解せないような顔で頬を膨らます。

「――嫌いじゃないです」

 不貞腐れたようなその顔も愛おしい。春樹は即答する。

「なら、よろしいー」

 そう言って、彩香はベッドに寝転び、春樹を抱きしめて眠りにつく。


 その夜、春樹はおっぱいと息苦しさでいっぱいだった。

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