第21話 春樹と彩香(12)


 高校三年生の夏。

 春樹と彩香は同じクラスだった。


「春樹ー、課題やったか?」

 春樹の前の席で友人の浩司はそう言った。

 だらしないような雰囲気を出す浩司は毎度のこと課題をやらない。


 浩司とは馬鹿なことしかしていないような気がする。

 言わば、悪友だ。


 どうせ、高校を卒業したらこいつとは別々の道を歩んで、

 今みたいな馬鹿なことはしないちゃんとした大人になっていくんだろう。

 時の流れと言うものはきっと、そんなものなんだ。春樹はそう思っていた。


 でも、それはそれで寂しいような――。

 そんな気もした。


「・・・・・・いや、やってないわ」

 春樹は思い出したように言う。自分もやっていなかったのだ。


 現在、昼休み。

 五限目までは残り三十分。


 どうしようかと、悩んでいると右の隣の女子に目が行く。

 そうだ――彼女なら課題をやってきているはずだ。

 春樹には確証があった、


「何よ。春樹」

「――いや、そんな見ただけで嫌な顔しないでよ――彩香」

 隣の席に座る彩香は春樹が見るなり途端に嫌な顔をする。


 どうしたのだろう。

 なんだか今日は機嫌が悪いように見える。


 セミロングの髪型と整った顔立ちは自然と清楚さが出ている。


「なんだ痴話喧嘩か? 相変わらず、仲良いなお前ら」

「んー、そう見える?」

「明智くんは疲れてるから、課題もやってこないんだよねー?」

 彩香は笑っているような口調で浩司に言う。表情は真顔で。

「おい、春樹。お前の嫁が怖いんだが・・・・・・」

 違和感なく浩司は言う。

「いや、だから嫁じゃないからね」

 どこをどう見たらその言葉が出てくるのだろうか。


 俺と彩香はただの幼馴染である。

 それ以外の何ものでもない。


「さーやーか―」

 すると、彩香目掛けて一人の女子が教室へ入るなり走ってくる。

 その女子は飛びつくように彩香に抱きついた。

「どうしたの綾香?」

 女子、伊藤綾香に彩香は不思議そうに言う。

 長い髪とスタイルの良い容姿は自然と可憐さが出ている。

「ごめん――課題見せて欲しい・・・・・・」

 泣きつくように綾香は彩香に言う。


 こうして、課題をやっていないのは三人となった。


「……しょうがないわね」

「えっ、ありがとー。彩香―、今度お礼にいっぱいおっぱい揉むからねー」

「なんでよ。どこがお礼なのよ」

 彩香は解せない顔で綾香を睨む。

「えー、そりゃ――池上くんとの将来のために?」

「……それと私の胸を揉むのと何の共通点が? それになんで春樹との将来?」

「聞いちゃう? 言ってもいいの――? 池上くん?」

 不敵な笑みを浮かべて綾香は春樹を見つめる。

「……ん? 何を?」

 伊藤が彩香の胸を揉むことに、どうして俺が関係しているのだろうか。


 好きに女子同士で胸を揉めばいいじゃないか―――。

 その光景は嫌いじゃない。むしろ好きかもしれない。

 春樹は意外な発見をする。


「春樹そりゃ、やっぱり―――子づ――ぐへっ!?」

 何かを言うとした浩司は突然、春樹の隣で蹴り飛ばされた。

 真っ赤な顔をした彩香に。


 蹴り飛ばした拍子に彩香の下着が見えたことは言わないでおこう。

 それに健康的で綺麗な脚に春樹は一瞬、見とれてしまっていた。


 相変わらず、彼女の身体は綺麗だ。

 スタイルと言うか容姿と言うか。


 こんなに綺麗で可愛いのなら、きっと彼氏ができるだろう、そう思っていた。

 だけど、気が付けば今の今まで彼氏はいない。

 せっかくの高校生生活がそろそろ終わってしまう。

 制服デートとかしなくて彩香はいいんだろうか。

 客観的に春樹は心配だった。 


「春樹」

 何かを察したように彩香は冷たい口調で言う。

「はっ、はい。なんでしょうっ」

 一言でも選択を誤れば――やられる。

 隣の馬鹿のようにはなりたくない。

「ど変態。この――駄犬」

 彩香は吐き捨てるように言う。

 まるで蔑むような眼差しで。

「ええっ!? なんで? なんで俺がそんなこと言われてるの?」


 全く身に覚えがない。

 確かに浩司を蹴り飛ばした時にスカートの中が見えたけど、

 それくらいしか――ああ、それか。

 身に覚えがあった。


「えー、池上・・・・・・。彩香にそんなことしてたんだ・・・・・・」

 綾香はがっかりとした顔で春樹にそう言って、彩香のお腹をさすりながら「今日は女の子なのにねー」と囁き、彩香に勢いよくどつかれている。

 まるで黙れと言わんばかりの一撃だった。


 綾香は黙っていれば、美人なのだ。

 春樹は彼女をつくづく残念に思っていた。


「ちょい、なんで伊藤がそんなドン引きするの? 何もしてないよ俺は!」

 綾香の囁いた言葉の心理を考えながら、春樹は慌てた声で言う。

「池上、覚えとけ・・・・・・。何もしないという奴ほど、シてるんだと・・・・・・」

 くたばる浩司は遺言のようにそう呟いた。

「えー、やっぱりー? そうなの彩香?」

 綾香は彩香のお腹に手を当てたまま、面白そうな顔で彩香を見つめる。


「「違います!」」

 春樹と彩香は二人揃って、そう言った。


「あ、失礼しましたー」

 綾香はその圧に負けたのか、ぺこりと頭を下げる。

 

 結局、彩香が課題を見せてくれて、提出物は何とかなった、


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