第18話 春樹と彩香(9)



 帰り道。


「ねえ、ハルちゃん」

 歩く春樹に彩香は声をかける。

「ん?」

「やっぱりさ、あの女の子のお尻ばっか見てなかった・・・・・・?」

 思い返すように彩香は言う。

 さっきまでずっと考え込んでいる顔をしていたけど、このことを考えていたのだろうか。

「んんっ? そ、そんなことないよ!?」

 あれ可笑しいな、みたいな顔をして春樹はたぶらかす。

「そんなにお尻が好きだったんだー。へえー」

 蔑んだ目で彩香は春樹を見つめる。

「いや・・・、いやっ・・・・・・、違うよ? 今だけだよ? その――お尻が好きなのは」

 いったい俺は何の弁解をしているんだろう。

「へぇー。じゃあ、昔は?」

 その眼差しは一向に変わらない。

「えっ? 昔って、人の頃?」

「うん」

 恥ずかしそうな顔で彩香は言う。


「昔は・・・・・・、あんまり考えたこと無かったな。別にその胸とかお尻とかが好きで、その人のこと好きなわけじゃなかったし――って」


 春樹は本音を話して、ハッと気づく。


 ――失言である。


「じゃあ・・・、嫌いなの?」

「んー、嫌いではなかったし、むしろ――できれば触らせて欲しかったとつくづく思うよ」

 春樹はため息交じりに言う。

 今思うと、そんな後悔もある。

「その・・・・・・、ごめん」

 顔を赤くして、彩香は謝る。

「え、なんで彩香が謝るの?」

「そのさ・・・。私も少しは春樹のそのムラムラした気持ちに気づいていたらな・・・ってさ」

 申し訳なさそうに彩香は言う。

「それってつまり――」

 触らせてもらえるということだろうか。


 高ぶる衝動。

 春樹の尻尾が左右に大きく揺れる。


「はっ! 今の無し! 帰ろハルちゃん!」

 彩香は両手でパンパンと手を叩き、気分を変えた。


 そして、早歩きで春樹のリードを引っ張っていく。


「おっ、おう・・・・・・」

 強く首を引っ張られ、春樹も早歩きになる。


 ――まだ、けじめがつけられない。


 おそらく、彩香もだろう。

 どうしても、話せると人であった頃の話をしてしまう。


 春樹は戸惑いながらも、自分は犬なんだと言い聞かせた。

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