第15話 春樹と彩香(6)


「うー。一人か・・・・・・」


 彼女の部屋で一人。

 というより、一匹か。


 春樹は辺りを一周、見渡す。

 冷静に思えば、ここは彩香の部屋なのだ。


 全体的に白とピンクの色彩で、枕元には枕と同じサイズの犬のぬいぐるみがある。


 本棚には好きな小説や漫画が立てかけてあり、机には仕事で必要なのかワードやエクセルの教本、付箋がいくつも貼られたプレゼンのやり方と言った題名の本や書類が置いてある。

 その書類を見る限り、彼女の直向きな努力がわかる。


 春樹も入社したての頃は仕事に関係するかもしれない教本はいくつか買った。

 でも、そのうち読んで勉強したのは、正直なところ三割にも満たないだろう。

 それに今となっては教本すら読むことなく、その場その場でなんとかやっている。


 彩香の自ら学ぼうとするその姿勢を見て、春樹はとても温かい気持ちになった。


「ん?」

 机を見ていると、そこに一つの写真立てがあった。


 そこに映るのは高校生の頃の春樹と彩香だった。

 どうやら、この写真は高校の卒業式に撮った写真のように見える。


 いつの間に撮っていたんだろうか。

 春樹には記憶が無かった。


 二人で仲良くピースをして肩を並べる写真を春樹はぼーと見つめていた。


 その写真は傍から見ればカップルのように見える。


 もしかしたら、僕らは気づいてないだけで恋人だったのかもしれない。


 

 ――どうして、今更。



 今更、気づいてしまうなんて。


 生きていることを感謝すべきなんだろうけど――。


 春樹は自身が犬であることを恨んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る