第13話 春樹と彩香(4)
二年前の春。
就職して数日が経った土曜日。
彩香は春樹の家にいた。
「ねえ、春樹」
隣で彩香が落ち着いた声で言う。
鼠色の長袖のパジャマ姿でフードを被っていた。
「ん? ――あっー、やられたー。って、どうしたの?」
春樹はゲームをしているテレビ画面を見て、落ち込んだ顔で言う。
一対一の対戦ゲームだと彩香の方が強い。
学生の頃から連勝したことはほとんどない。
春樹も彩香とサイズ違いのパジャマを着ていた。
どうして二人とも同じ服を着ているかと言うと、
たまたま二人で買い物に行ったスーパーの福引で当たったからだ。
特に深い意味はない。
確か――D賞だったかな、と春樹は一か月前のことを思い出す。
「会社はどんな感じ?」
彩香はリトライのボタンを押してそう言った。
「えー、そのままー。キャラクター変えたかったんだけど・・・・・・。――ん? 会社?」
進んで行くテレビ画面を見て、春樹は不思議そうに彩香を見つめる。
絶対、あのキャラクター同士の相性が悪い。
変えれば勝てるはずだ。
「うん。入社してどんな感じだった?」
テレビ画面に顔を向けたまま、彩香は言う。
「んー。なんというか、思っていた以上に――厳しそうなとこだったよ?」
課長、次長は慌てたような人だったけど。
部長は――厳しい雰囲気を出している人だった。
その雰囲気を見て、この職場は厳しいんだろうな、と春樹は感じていた。
「春樹・・・・・・。大丈夫なのそれ?」
コントローラーを連打しながら、彩香は呆れたような声で言う。
「――あっ! ・・・・・・大丈夫とは?」
また負けた。またリトライ押された。
あと少しで勝てそうな気がするんだよな。
「そのー、パワハラとか?」
「んー、あるかもしれないし、ないかもしれないしー」
「あったらどうするの?」
「その時は――あってから考えるよ。多少、俺に原因があるならば、それはそれで考えないといけないし」
「あら、やけにポジティブなのね。――珍しい」
「そう? 彩香のとこは大丈夫そうなの?」
「まあ、社内の雰囲気は大丈夫――」
「雰囲気は・・・・・・? それ以外は大丈夫じゃないの?」
「んー、実はさ。事務職で入ったはずなんだけど、配属が営業職でさー」
困ったような顔で彩香はまたコントローラーを連打している。
「えー、それって・・・・・・、大丈夫じゃないじゃん。会社として」
「まあ、事務職の子多くて営業職の子が少なかったから、会社も仕方なくずらしたんだろうけど・・・・・・。残った事務の子を見ても、とても営業に向いているようには見えなかったしなー。んー、どうしようかなー」
リザルト画面を見て、彩香はコントローラーを置いて背筋を伸ばす。
勿論、彩香の勝利だ。
残念ながら。
「ん? その言い方だと彩香だったから営業に配属されちゃったってこと?」
「おそらく、見た目と面接の時の話し方で決められたと思う・・・・・・」
確かに彼女なら営業のイメージはある。
きびきびと働くキャリアウーマンのイメージが。
「就活の時から事務が良いって言っていたから、約束していた仕事と違う仕事なら辞めてもいいんじゃないかな? 非は会社側にあるんだし」
「辞めるとなるとまた就活でしょ? 新卒ですぐ辞めちゃったら、転職厳しそうな気がする」
「んー、それもありそうだね・・・・・・困ったね・・・・・・」
「まあとりあえず、続けてみるよ。もし、ダメだったらその時は――よろしくね?」
何かを決めたような顔で彩香は立ち上がる。
「よろしくねって? まあ、泊まる場所を提供することできるよ? ――今みたいに」
彩香が仕事を辞めたとしても、特に春樹の日常は変わらなさそうだった。
「おー、それは助かりますね、春樹様。その時は『ご主人様』って呼んだ方がいいかしら?」
彩香は想像したのか可笑しそうに言う。
「・・・・・・彩香に言われると、なんか・・・違和感があってしっくりこないんだけど」
「私も言って思ったわ。まあ、その時考えるよ。じゃあお先に――おやすみ、春樹」
「うん。――おやすみ、彩香」
春樹がそう言うと、彩香は春樹の部屋に向かう。
基本的に彩香が泊まりに来る時は、
彩香は春樹の部屋、春樹はリビングのソファーで寝る。
深い意味はなく、ただ単純に春樹が夜中までゲームをするからである。
さすがにそんな状態で彼女が寝る訳なく、
自然と春樹のベッドで寝ることとなった。
理由が理由だったのか、お互いに対する抵抗は特に無かった。
そんなある日の――夢。
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