第11話 春樹と彩香(2)
お風呂場。
春樹と彩香。
「だ・よ・なー」
タオルで目隠しをされる春樹。
裸の彩香に洗ってもらえる。
そんな淡いサービスショットを期待したのが間違いだった。
そもそもここ十年くらい彩香の裸なんて見てないんだから。
そりゃ、犬になっても見られないのは当然だろう。
何を当たり前なことを言っているのか、俺は。
――と言うより。
もしやだが、タオルの向こうにいる彩香も俺と同じように裸なのだろうか。
想像して春樹はゆっくりとつばを飲み込んだ。
何らかの不可抗力でこのタオルが取れれば見えるのでは――。
春樹に再びチャンスが舞い降りた――と思いきや。
「この肌触り――まさか、二重・・・・・・?」
春樹は驚きながらも声を震わせ呟いた。
犬肌から伝わるこの感覚だと、どうやらタオルは二重にしてある。
相変わらず、気になったところは念入りにやるところは実に彼女らしい。
悪く言えば、容赦ない。
そう――このように。
「は? そうに決まっているでしょ・・・・・・。普通の犬だったら、こんなことしないけど、春樹だから――」
その後の言葉を彩香は躊躇う。
「えっ? 誰だからって?」
彩香の声はシャワーの音でかき消されてしまった。春樹は自然と聞き返す。
「っ――もうっ!」
なんだか悔しそうな顔で彩香はスポンジで春樹のお腹を力強く洗っていく。
「ああっ! くすぐったい! くすぐったいって! 彩香!」
その洗い方はなんというかくすぐったい。春樹はじたばたと暴れる。
視覚を奪われているせいか、触覚が敏感になっている気がする。
目隠しプレイとかよくあるけどこういう感覚なのか――。
なんというか――悪くない。
「ふふっ。せっかくだから綺麗にしてあげるわよ――ワンちゃん」
声のトーンからして変なスイッチが入ってしまっているような気がする。
それにその声には大人の色っぽさがあった。
もしかしたら俺が意識してないからであって、
大人になった彼女は色っぽかったのかもしれない。
彩香は滑らかな手つきで春樹の身体を洗っていった。
次第にその感覚は、くすぐったいから気持ち良いに変わっていく。
「――あらっ。ここも洗わないとね?」
すると、何か面白い物を見つけたような明るい声で彩香は言う。
「ん――?」
この感覚からして、彩香が触っているのは俺の下半身の方――って。
「彩香! そこはおち――うわあああああ」
気づいた春樹は振り向き慌てた声で伝えるが、その手は春樹の急所へ向かって行く。
――あっ・・・、わふんっ・・・・・・っ。
自然と春樹は喘ぎ声をあげ、気が付いたら意識を失っていた――。
「ああ・・・。もうお婿にいけない・・・・・・」
意識が無い間、俺はいったい何をされていたんだろうか。
男として、何かを失った気がするのはなぜだろう。
目が覚め脱衣所から出た春樹はとぼとぼとリビングへと向かって行った。
「えっ? 犬のまま結婚するの?」
ソファーに座る彩香は疑問に思ったのか不思議そうに言う。
「んー、どうなるんだろう・・・・・・?」
どうやら、俺の独り言を聞いていたようだ。
さて、考えてみる。
雌犬と結婚、子作り・・・・・・?
そんなこと考えたら、自然と彩香を見てしまった自分がいた。
春樹は自分が雄なんだと実感してため息をつく。
風呂上がりの彼女は、キャミソールに短パンと言うラフな格好。
濡れた髪を乾かすためか、首にバスタオルを掛けていた。
彩香は小柄と言うほど小柄ではないが、
長身の春樹と並ぶと小柄に見えてしまう容姿。
泊りがけでゲームしたこともあったけど、
こんな露出の多い服装じゃなかった記憶があった。
それとも、自分が気付いてなかっただけなのだろうか。
本当は彩香と――。
不思議と考えてしまう。
だが、今の自分が犬である。
その事実は決して変わらない。
と言うより、その雰囲気だと彩香も裸だったのでは――。
春樹の中でよからぬ妄想が広がった。
いかん、見えない分、余計に妄想が広がる。
「とりあえず、しばらくは家にいていいわよ。その・・・・・・行くとこ無いでしょ?」
ヘアゴムを口に咥えながら、リモコンを手に取りテレビをつける。
少し茶色がかかったセミロングの髪をヘアゴムで後ろに束ね、小さなポニーテールにする。その姿は春樹にとっては新鮮だった。
「うん。家に帰れないし、それに犬だし・・・。そうしてくれると助かるよ」
今の春樹にはそれしかもう策は無い。
「それじゃあ、とりあえず――」
決めたような顔で彩香はそう言って、右手の手平を春樹に差し出す。
「ん?」
餌の時間なのかな? 春樹は何食わぬ顔で首を傾げた。
「ん? じゃないわよ。犬なんだから」
何言ってんのよ、そう言いたそうな顔で彩香は厳しい眼差しを向ける。
「おおっ・・・・・・」
見たことがある光景。まさか、俗に言うあれなのだろうか。
「私はあんたの『ご主人様』なのよ?」
そう言う彩香の微笑みは、まるで悪女のようだった。
蔑むようなその眼差し。
――いかん、癖になる。
中毒性のある動揺が春樹を襲っていた。
「おおおおおおっ。そうだけどどどどっ」
確かに立場上そうなるけれども。
春樹は困惑のあまりその場でジタバタしていた。
「なに? 出来ないの? ・・・・・・なら、このミルクはあげられないわね」
台所から平皿に入ったミルクを持ってきて、春樹の一歩手前に置く。
「なぬっ!? いやだっ! お腹すいた! うー、仕方ない!」
さすがに二日間も飲まず食わずの生活は限界だ。
春樹は恐る恐る彩香の手平に自分の右手を乗せる。
「はーいっ、よく出来ましたねー。春樹ちゃん――ハルちゃんにしましょうか? ねっ、ハルちゃんー」
満面の笑みを浮かべると、そう言って春樹の頭を撫でた。
まるでペットの犬に接するような態度。
まあ、ペットか――見た目は。
「なんだろ・・・・・・。これはこれで癖になりそう・・・・・・」
彩香に頭を撫でられる春樹は自然と良い気分になっていた。
風呂上がりの彩香から香る良い香りに不思議ととろけていきそうな感覚になる。
これを人は快楽と呼ぶのだろうか。
「でも、生きていてくれて本当に・・・良かった・・・・・・」
春樹の感触を確かめるように彩香は春樹をゆっくりと抱きしめた。
「ん? 彩香?」
「良かった・・・・・・」
彩香はもう一度春樹を強く抱きかかえる。
春樹は察したように黙っていた。
俺だって犬の姿であっても、生きて彩香と会えて本当に良かった。
――こうして、春樹は幼馴染の犬になった。
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