第9話 悲劇と出会い(7)


「それで、なんでですかね?」

 どうして、僕は犬になったのか。

「うーん、よく自殺した人間にはよくあることなんだけど・・・・・・、自殺しちゃったの?」

「いや、自殺では無いです。誰かに突き落とされたんだと――思います」

「それなら、うーん・・・・・・。わかんないやー」

 わざとらしい口調で犬神は言う。

「犬神でもわからないって・・・・・・」

 ならいったいこの謎は誰なら解けるのか。

「あ、ちなみに今の君は犬だから私と喋れるけど、もう人間とはしゃべれないからね?」

 思い出したように犬神は右前足を出して、上下に振りながらそう言う。

 その光景は癒される光景だった。

 ――見る分には。

「確かに何人かに話しかけても会話出来ませんでしたけど全員ですか?」

 実は話がわかる人はいるのではないか。春樹は切実に願った。

「えっ? 何言っているの?」

「え?」

「無理だよ。だって僕らは――犬だもの」

 少し唖然とした顔で犬神は言う。

「あっ、ですよね・・・・・・」

「まあ、せっかくのワンダフルライフを楽しんでくれ」

 犬神は笑顔で頷いた。


 すると、犬神は何かを感じ取ったような仕草をして、空を見上げる。


「――おっと、そろそろ餌の時間なので失礼するよ」

 そう言うと犬神は一目散に春樹とは真逆の方向へ走って行った。

 犬神が去った後、ふと春樹は空を見上げる。


 気がつくと雨が降り始めていた。

 あの快晴だった空が、いつの間にか雨空に。


「結局、わからず仕舞いか・・・・・・」

 どうして犬になったのか、それはわからないままか。


 でも、死ぬよりは断然良いのかもしれない。

 まさに、セカンドライフならぬワンダフルライフだ。

 犬神はこう言うことを言いたかったのかもしれない。


「にしても、人間とは会話が出来ない、か・・・・・・」

 もう誰とも言葉を交わすことなく、俺は犬になっていくのだろうか。

 それならば、いっそのこと人間の頃の記憶を消して欲しかった。

 それなら気が楽なのに。


 春樹がそう願った――その時だった。


「はるきぃ・・・・・・」


 聞きなれた声。

 背後から聞こえる忘れもしない彼女の声。

 愛おしき彼女の声だ。


 慌てて振り向くと春樹の知る彩香の姿があった。


 まるで、無。

 傘も差さず、行く当てが無いような暗く重い雰囲気。


 彷徨うようなふらふらとした足取りで彼女は歩いていた。


「彩香!」

 その泣き顔を見た瞬間、春樹は咄嗟に声を掛けてしまった。


 ――言葉が通じないとわかっていても。

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