第6話 悲劇と出会い(4)


 午前十時。


「やっと着いた」

 春樹はひたすら歩き、実家の近くへと辿り着いた。


 見える景色はよく知る景色のはずなのに違った景色に見える。

 子供の頃によくよじ登った道路の外壁はそびえ立つ壁のように見えるし、電柱も空へと上る柱のようだ。


 実家に近づくにつれ、喪服の人々とすれ違う。


「この人たちは――」

 春樹は気づく。一瞬、高低差で他人だと思ったが違った。


 この人たちは俺の職場の人たち。

 その後ろには小中高の友人の姿もあった。


 久しぶりに見る顔もあったり、目線は少し違うが春樹は新鮮な気持ちになる。

「池上が・・・、どうして・・・・・・?」

 そう言ったのは三つ上の先輩である第二営業部の柏木だった。

 柏木はがっかりとした顔で俯き、春樹の前を通り過ぎる。

「自殺だったのかな・・・・・・?」

 その隣で柏木の同期である事務課の新庄も思いつめたような顔で言った。


 僅か数分。

 その間で三十人ほどの人が春樹の横を通り過ぎて行った。


 過ぎ去った知人たち。

 春樹はその背中をただ呆然と眺めていた。

 

 ――そうか。俺は死んだのか。


 立ち尽くした春樹は改めてその事実を認識する。


 もう久しぶりに会った友人とも懐かしい話も出来ないのだ。

 春樹は考えつつも、とぼとぼと足を動かしていく。


 すると、春樹は柱のような高い何かに激突した。


「――おっと、すまないな」

 その声を聞いて春樹は激突したのが柱ではなく、人であったことに気づいた。

 男はしゃがむと激突した拍子で倒れた春樹の両腕を持ち上げ、身体を起こす。


 聞き覚えのある声。

 つい昨日も聞いた声だ。


 春樹はゆっくりと持ち上げる男の顔を恐る恐る見上げる。


 正面からじゃなくてもわかる。

 この人は――。


「すまないな。前を見ていなくて」

 風間は春樹の頭を撫で、謝るようにそう言うと立ち上がった。


 誰も近づけさせない。

 背筋を伸ばした風間は相変わらず、そんな威厳のある雰囲気を出していた。


(部長!)

 春樹は咄嗟に風間の名を呼ぶが、当然風間には聞こえない。

「にしても、まさか池上が・・・・・・。やはり、あれを持たせるべきじゃなかったか――」

 風間はため息をついて、独り言のようにそう言った。

 そして、部下たちと同じ方向へと歩いていく。

「はあ・・・・・・」

 職場の人たちの背中を見つめて、春樹は肩を落とした。

「春樹、どうして――」

 泣いているような声で春樹の目の前にいた喪服の男は言う。


 気がつけばそこにいたその男。

 春樹はその男をよく知っていた。


 明智浩司(あけちこうじ)。

 春樹の高校生からの悪友と呼べる友人である。

 学科は違うが、春樹と同じ大学を卒業して、大手製品メーカーに就職した。


「――もっと馬鹿なことすればよかった」

 大きくため息をつき、浩司は何かを思い出しているようにそう言った。


 もっと馬鹿なこと――。

 ずいぶんと浩司とは馬鹿なことをしていたような気がする。


 高校の修学旅行で女湯を覗きに行ったり、

 何も持たずに自転車で道内一周を試みて数日間野宿したり、

 かまくらで寝泊まりしたり――。


 思い出せば、俺と浩司は馬鹿なこと――無謀なことばかりしていた。

 かまくらで寝泊まりしたのは、社会人になってからだったかな。


 そんな馬鹿なことが出来たのは友達の中でも浩司しかいなかった。

 それはおそらく浩司も同じだろう。

 俺たちはもうその馬鹿なことが出来ないのだ。


 暗い顔でとぼとぼと歩き、浩司は次第に春樹から遠ざかって行く。


 浩司――ごめん。

 春樹は浩司の背中を見て謝った。

 

「やっぱり――」

 ひと息ついた春樹は現実を痛感する。


 確かにあの時、俺は死んだ。

 そのはずなのにこれは夢で実は生きている、そんな希望が少なからずあった。


 この数分で希望の糸がゆっくりと途絶えていく。


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