第3話 悲劇と出会い(1)


 池上春樹が人身事故で亡くなった。

 その報告は事故から半日が経った午前十時頃、彼の両親から着た。


 幼馴染の相内彩香は慌てて、春樹の家へと向かった。


 就職してから離れてしまったが、

 学生の頃は徒歩五分で着くほどのご近所さんだった。


 一人暮らしの自宅から電車で二十分かけて、春樹の実家へと辿り着く。


 懐かしい幼馴染の家の周りには喪服を着た人々で溢れていた。

 私の知らない人が数多くいた。大学や職場の人だろうか。


 この雰囲気が≪彼が死んだ≫と言う事実を遠回しに証明していた。

 彩香の目には自然と涙が浮かぶ。


「――お久しぶりです」


 春樹の家に着くと、春樹の両親に彩香は挨拶をした。

 就職してから会っていないから、こうして顔を合わせるのは三年ぶりくらいだろうか。

「まあ彩香ちゃん、大人っぽくなって・・・・・・。来てくれてありがとう・・・・・・」

 春樹の母親は嬉しそうに彩香を見つめて、涙をこぼす。

「お母さん・・・・・・」

 寄り添うように彩香はその肩を支える。

「ごめんね。彩香ちゃんに会ったら・・・・・・、春樹の子供の頃を思い出してね。思い出しちゃうと、もう止まらなくて・・・・・・」

 せき止められていたものが溢れだすように母親は泣き崩れる。


 春樹との記憶。

 幼少期から学生時代。

 そして、就職してからの彼との記憶。


 視界に入る小さな事でも、

 それが不思議と彼との出来事へと繋がり、自然と彼との記憶が蘇る。

 どうやら、私もお母さんと同じようだ。


「私はまだ彼が生きているという気持ちなんです。お母さんから連絡が着て、ここへ来て。この雰囲気を見ても、実感がまだわかないんですよ・・・・・・」

 彩香は涙を流しながら、可笑しそうに言う。


 どうして――。

 あなたは死んでしまったはずなのに。


 私は未だにその事実が受け止められない。

 受け止められるわけがない。


 まるで、気持ちが浮遊しているような、そんな感覚。


 人身事故のせいか、彼の遺体はなかった。


 警察が言うには、事故の衝撃で吹き飛ばされた可能性があると。

 想像するだけで、身体が引き裂かれるような感覚と吐き気に襲われる。

 自然と彩香は膝をついた。


「彩香ちゃん、大丈夫・・・・・・?」

 膝をついた彩香を見て、春樹の母親は心配そうな顔で駆け寄る。

「大丈夫です・・・・・・。ありがとうございます」

 深呼吸をして彩香はゆっくりと立ち上がる。


 私は彼の遺体を見れば、現実を知ることができる、そう思っていた。

 それとも私は長い長い夢でも見ているのだろうか。


「ありがとうございました」

 彼の遺影に挨拶をした後、私は彼の家を出た。


 やっぱり、信じられない。

 先日まで一緒にいたはずの彼が死んだなんて。


 なんで――?

 どうして――?

 

 突然すぎて、感情が混乱している。


 もっと彼と一緒にいればよかった――。

 もっと彼と一緒にいたかった――。


「――いたかった?」


 彩香はその場に立ち止まる。


 どうして、私は彼と一緒にいたかったのだろう。

 どうして、こんなにも感情が揺らいでいるのだろう。


 自身に問う。

 この大切な何かを失ったような感情の理由を――。


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