第32話 サンダーボルト
「カミラタ!」
俺とスペクトラは同時に叫び、身構えた。背後の騎兵たちのざわめきが加速する。
「距離をとれ! 全員感電するぞ!」
スペクトラが騎馬から飛び降り、白霧の中に溶け込む。俺も後に続きながら叫んだ。
「後退しろ! 霧に紛れるんだ!」
部隊は混乱しながら身を隠した。行き場を失い興奮した馬たちが、カミラタに突っ込んでいく。
「じゃじゃ馬はよく飼いならしておくんだな」
馬たちはカミラタに近づくと一斉に雷のシャワーを浴びた。続けざまに、カミラタは電撃を放つ。白煙の中から悲鳴が上がる。誰かに命中したのだ。
「やつの弱点は攻撃直後だ! 畳みかけろ!」
俺は先陣を切ってカミラタの懐に潜りこんだ。
「二度も喰らうと思うなよ!」
カミラタは素早く身を翻し、距離をとった。俺は間髪入れず追撃に及ぶ……! が、雷壁の気配を
「インターバルは数秒だ! 囲め! 数で圧倒する……!」
「ほう、兵の数に自信があるか?」
カミラタが指を鳴らす。彼の背後から地面を揺るがすような大量の蹄鉄の音が聞こえてきた。小さな山のような陰影が黒々と浮きあがる。猿たちの息を呑む気配が伝わって来た。
「王都警備隊二千七百騎だ。お前たちのために周辺諸地域から招集をかけておいた」
カミラタはにやりと笑うと、がばりと両腕を広げ、辺りに紫電をまき散らした。
「一人残らず生け捕りだ! かかれ!!!」
何百という騎馬が一斉に突撃してくる。蔓、雷、炎、見たことも無いような攻撃が咲き乱れ俺たちを襲う。ヒト族の多種多様な狂花帯……、圧巻の光景だった。
猿の叫び声が辺り一面を覆いつくす。だが冗談じみた力ならこちらにもある。俺は予兆音を頼りに敵の手を掻い潜っていく。騎馬の脚をくじき、兵を引きずり落とし、爪を食いこませる。視界不良ならこちらの有利だ。俺は言うまでもないが、他の猿もヒトより五感に優れている。
首、顎、腰椎、音を頼りに次々と拳を繰り出し、敵兵をなぎ倒していく。
——植物の蔓が空を切り裂き、鼻先を掠めていく。俺は慌てて踏みとどまる。予知が無ければ危うかった。
「会いたかったぜ山猿さんよォ!」
鞭を地面に叩きつけながら、褐色の女が現れる。いつかアテネを追いかけていた、軍警の女だ。カミラタからメルボルンとか呼ばれていた……。モルグと同じ植物使い、しかも戦闘に手馴れた気配だ。
「今日はお嬢ちゃんは一緒じゃねぇのか? 連れて来いよ、仲良く豚箱送りにしてやるからよォ!」
鞭撃の嵐が俺を襲う。変幻自在の巧みな攻撃……、予知を使っても捌くのがやっとの手数だ。
「二度と舐めた態度とれねえように痛めつけてやるよ! あたしに手加減したこと、後悔させてやる!」
「無暗と傷つけたくなかっただけだ! あんたを甘く見たわけじゃない!」
俺は鞭を掻い潜りながら叫んだ。メルボルンの背後の木々がざわめく。「そうかいそりゃ文句の付けようのない信念だ! この世界じゃ通用しないって点を除けばなァ! …………!!!」
荒ぶメルボルンの体が横ざまに吹き飛ぶ。「手加減無しの闘いがしたいならよォ」メルヴィルが拳を振りながら現れた。「俺と踊ろうぜ姉ちゃん。魔境流の拳でもてなしてやるよ」
「躾甲斐のありそうな奴だなァ」鞭をしならせ、メルボルンが不敵に笑いながら立ち上がる。
「ここは任せろ。お前はドクターを探せ」メルヴィルが囁く。「……それと、本気で相手するのが闘いの礼儀だぜ、ましら」
「恩に着る、ユーメルヴィル!」
俺はメルヴィルに後を託し、戦場を駆け抜けた。
辺りは混乱の最中だ。建物を改める余裕も無い。リリを探そうにもこの戦いを鎮めないことには埒が明かない。狙うはカミラタか……。
右頬に
「駄目じゃないか……、勝手に外をうろついちゃあ。お前の部屋はここじゃないだろう? 444番」
霧の中から舌なめずりをして現れた顔に、俺は表情を引きつらせる。
「二度と会うつもりはなかったんだがな……。看守長」
看守長のふくらはぎが膨らむ。凄まじい瞬発力で間合いが詰められる。咄嗟に身を引いて警棒の突きを躱す。
「前線に居るってことは……、左遷でもされたか? そう言えばグラムシに半殺しにされたらしいじゃないか」
グラムシという単語を耳にして、元看守長が目を血走らせる。
「貴様らが奪った地位は、貴様らを殺して取り返す!!!! 地獄で憐れなお仲間と再会させてやる」
俺は看守長の警棒を蹴り上げ、逆の踵で顔面を蹴り抜いた。
よろめき、牛のように息を震わせ立ち上がってくる元看守長の前に、2つの人影が立ちはだかった。
「息災で何よりですな。左頬の借りを返しに来ましたよ、元看守長」
「あんたが看守長サンかァ……、兄貴が世話ンなったみたいだなあ。俺からもお礼させてもらうぜ」
ボアソナードとニミリが、武器を片手に彼の行く手を塞ぐ。
「先へお進みください。ましら殿」
「! すまない、2人とも」
「気にするなよぉ、
元看守長が吠える。2人が同時に飛び掛かったのを見送って、俺は背を向けた。
「おっと、ここは通さないよ」
目の前にスキンヘッドの青白い巨躯の男が立ちはだかった。あたり一面に僧兵たちが転がっている。
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