第33話 大将戦・副将戦
「滝口入道……!」
赤髪の若頭衆がどよめき、俺を守るように陣を構える。「知っているのか?」
「古代都市周辺の防衛部隊長……、つまりこの場所の本来の守護者です。鋼のような皮膚で攻撃が通らない!」
「重さも鋼鉄級だよ」
鉄球のように丸まり前転した入道の突進で、ボウリングのピンのように若頭衆が蹴散らされる。
「『人外座主』マシラ・ソソギだね。君が彼らの大将かい?」
「連隊長はスペクトラ、俺は副将だ。悪いがあんたに時間を割いてる暇はない」
「連れないね。僕はこの特別軍の副隊長を任されている。二番手どうし手合わせ願おうか」
入道が身を丸め、再びタックルを仕掛ける。俺は助走を付けて飛び越える。空中で無防備になったところを、ブレーキをかけて入道が捕える。
「噂に及ばないな。君にはまるで全て読まれているように、攻撃が当たらないと聞いたんだけど」
俺を地面に叩きつけて、入道が勝ち誇る。「読めてるさ」俺は足首を掴む入道の腕を引き寄せた。計算通り入道が球体姿勢を解除させたところで、絡みつく。「時間を割かないと言ったが……、あれは瞬殺するという意味だ」
入道の全身の関節を外す。身動きを封じられ喚く入道を転がす。
「悪いな。鎧相手の攻略法は知ってるんだ」
目の前の警備隊を投げ飛ばしながら、俺は古代都市に向かって走る。
あたりは陣形も何もない混戦の有様だった。兵が入り乱れて技が飛び交う。兵力では向こうが圧倒的に有利だが、
そもそもなぜ警備隊がここに居る? 俺たちの襲撃を把握していたのも疑問だが、闘う必要があるのだろうか。鬼は共通の敵のはずだ。それともやつらは鬼の手先なのか?
『雷鳴が向かって来たので、』俺は左の壁へ飛び移った。遺跡の壁を電流がのたうつ。
「良い的だぞ! マシラ!」スペクトラが隣に上ってきて忠告する。
「見つけたぞ、頭二人」
カミラタが僧兵の山を築きながら、壁の下に歩み寄る。後をついてきた敵兵が、こちらに向かって蔦を繰り出す。
「! この立ち位置……むしろ好都合か?」
スペクトラは蔓を払いのけながら瓦礫を投げおろした。植物使いが仰向けに吹き飛ぶ。
「同胞たちよ! 屋内に逃げ込め! 壁を上ってこい! やつらは追ってこられない」
スペクトラが繰り返し叫ぶ。声の届いた者たちが遺跡に上り出し、攻撃の手を逃れる。遠距離の追撃も飛んでくるが、重力が味方する上からの攻撃の方が強力だ。窓枠の上に飛び乗った猿たちは、屋内に散乱した礫や岩の欠片を投げ落とし始めた。
「上に向かおう」
スペクトラは壁を駆け上りながら言った。遺跡はどれも高層だったが、今俺たちの上っている建物のように、数階部分から上が倒壊し短くなっているものもあった。
屋上は遺跡の破片が豊富で、下からも程よく遮蔽されていた。
「ここからならカミラタを狙い撃ちできる。距離もちょうど良い」
「離れすぎても当たらないからな」
俺は瓦礫を拾い集めながら答えた。
「埒が明かん! 突入しろ!」
警備隊が建物に押し寄せるのが見えた。眼下は駅の改札のようにひしめき合っている。
「まずいな、入ってきたぞ」
「屋内戦ならこちらに分がある。壁も天上も飛び回れるからな。狙い通りだ」
スペクトラが落ち着いて切り返す。
「マシラさん!」
俺は振り返り、石を構える。屋上の反対側から誰かが這いあがってきた。
「! モルグか! 無事だったんだな」
「鎧のお陰でなんとか……」
焼け焦げた鎧を脱ぎ捨ててモルグが答える。「……? それは何だ?」彼の腕に抱えた大きな白布を指さして俺は尋ねた。
「ああ、これは……、道中拾ったものです。ましらさん、もしかしたらドクターは既に、し……」
「後続の歩兵部隊、敵は警備隊だ! 挟みこめ!」スペクトラの指示がモルグの声を遮った。
「援軍が到着したのか?」
俺は振り返ってスペクトラに尋ねる。「ああ」スペクトラが答える。
「挟撃で形成も五分五分だ……。ぎりぎりの戦況だ。最悪一網打尽だからな。スラム中の勢力を集めたのが仇になった」
スペクトラが苦々し気に呟く。俺はモルグに尋ねる。
「アテネを見たか?」
「来る途中で見かけました……。包囲部隊も戦線に投入されてる。直追いついてきますよ」
「そうか……。この状況じゃ、下手に後方で待機してるより安全かもな」
俺は肯く。モルグがおずおずと尋ねる。
「あの、ドクターは見つかりましたか?」
俺は首を振る。「まだだ」破片の山を築きながら続ける。
「心配だ。この遺構群のどこかにリリが居たら、闘いに巻き込まれる……!」
「こいつらを追い払わねば、捜索どころではない。緑衣の鬼も雲隠れだ……。包囲も崩れた。逃げている可能性も……」
スペクトラは額に汗を浮かべて言う。彼も焦っているのだ。警備隊の介入、それもこれほどの規模の襲撃は計算外だった。
「カミラタと話し合えれば良いんだがな」
俺は同意する。警備隊を止められるならカミラタだ。それに鬼の情報を持っているかもしれないし、捜索も手馴れている。先回りしていたのだから、既にリリを見つけて保護している可能性すらある……。
口を閉ざしていたモルグが、気まずそうに話しかけた。「それで、ドクターのことなのですが……」
『脳内に雷鳴が轟いた』。俺は二人を突き飛ばした。だが、一歩遅く、雷の糸がモルグの体を縫い付ける。
俺たちの頭上を低く通り越したカミラタが、屋上を転がった。危うげにフェンスにつかまる。
「はあ、やってみるもんだな」
俺はモルグを抱き起こしながらカミラタを睨みつけた。幸い電流はモルグの爪先を掠めただけだ。痺れているが、すぐに気が付くだろう。
「空なんて飛べたのか?」
「いいや、単純かつ原始的な方法……、レオニカ人の兵に投げ飛ばしてもらっただけだ。二度とごめんだがな」
カミラタは腰骨を反らしてごきりと鳴らしながら立ち上がった。「さて……、話があるならゆっくり聞かせてもらおうか。鉄格子を挟んで、ということになるが」
俺は毛を逆立てて威嚇する。横から手が伸びてきて、俺を遮る。スペクトラが俺たちの間に割って入った。
「ここは任せておけ……。奴に土を付けられたことは無い。あなたはモルグを頼む」
「負け無しとは良いように言ってくれるな! 隙をついて逃げ回ってただけだろう」
カミラタは豪快に笑い、指を突き出してにじり寄った。臨戦態勢だ。スペクトラはカミラタと睨み合いながら円を描くように横へ逸れた。俺たちを稲妻の直線状に置かないためだ。
「思えば、お前と最後までやりあったことは無かったな」
スペクトラは両手を床に付け、スパイクのように爪を突き立てて言った。
「ああ……。良い舞台だ。大将戦……、ここで決着を付けようか!」
カミラタの指先から電光が迸る! スペクトラは既に飛びのいている。四つ足で猛烈な勢いで距離を縮める。まっすぐ心臓狙いに突き出した爪は虚空を掴んだ。が、後方へ退いたカミラタをさらに拳の雨で攻め立てる。
「カミラタ、話を聞け! 俺たちはドクターを助け出しに来ただけだ。緑衣の鬼に捕えられてる」
「
カミラタは驚異的な敏捷さで拳を躱し続けながらも、じりじりと屋上の端に追いやられていった。背中がフェンスにぶつかり、がしゃりと音を立てる。逃げ場はない、好機だ! スペクトラの右脚が襲い掛かる。
カミラタの頬を前に攻撃がぴたりと止まる。床に残した軸足をバネに、スペクトラは斜めに飛び退いた。雷(いかづち)が駆け抜ける。凄まじい応酬だ。下手に加われば足手まといになる。
「勘が良いな! さすがは『蛮臣』ドストスペクトラ……。帯電のタイミングはお見通しか?」
カミラタは息を弾ませる。すぐさま膝を落とし、スペクトラの無言の拳をかいくぐる。
「貴様らには
「アテネは冤罪だ。彼女はたまたまお前たちの秘密を知ったに過ぎない」
「秘密?」
俺は攻撃の手を休めないスペクトラの背に問いかけた。カミラタも瞠目するような回避能力を見せる。
「アテネは樹海の魔法使い……、緑衣の鬼に攫われ……、古代都市の奥深くまで潜り込んでしまったと聞いた。おそらく彼女はそこで知ったのだ。樹海に眠る旧世代の遺物……、古代兵器を」
雷撃がよぎる。だが、どこか芯がぶれている。カミラタの動揺が伝わっているかのようだった。スペクトラは先を読んで躱している。
「何年の付き合いだと思ってる。お前の攻撃の筋は読めてる」
スペクトラの足蹴を捌きながら、カミラタは答える。
「互いにな!」
終始スペクトラが攻勢だが、カミラタの能力なら一撃で形成は逆転しうる。
「お前たちのもとには密偵を送り込み、動きを観察していた、お陰で——」
カミラタは屈みこんで鉤爪を
「——先回りして迎え撃てた、か」
スペクトラは砂埃を払った手でそのまま裏拳を放つ。カミラタもそれをぎりぎりでいなす。
カミラタの手が光る。スペクトラは同時に退き、フェンスに飛び乗った。だが稲妻は放たれない。フェイントだ! カミラタの手がフェンスを掴む。電流が瞬時に伝い、フェンスの上を這いまわる。スペクトラは電撃こそ食らわなかったが、咄嗟に足を離し、無防備な数瞬を宙に曝した。
その体を、突き飛ばす影があった。驚きの表情を残して、スペクトラの体は虚空を流れ、視界から消えていく。
俺の瞳が、影の主を見止める。そこには、真っ赤に染まった白衣を持つ、モルグがいた。
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