第24話 西南連合 その3
「背面は任せろ」
背中合わせにユーメルヴィルが語りかける。彼含め若頭衆は反射で木の檻から逃れていた。牢に囚われたのはアテネとボアソナード含め、一小隊分の兵たち。背後から迫ってくる西南の部隊とやりあうには心もとない人数だ。
「お前は一旦正面の自称・鬼とその部下を頼む。俺は主力部隊を叩く!」
「分かった。……鎧を囲む兵を削れ! 来るぞ!」
俺は手元に残った部下たちに指揮を振る。鎧の男の後ろからぞろぞろとその配下たちが雪崩れ込んでくる。俺は敵の肩を足場に跳び上がって包囲を抜け、鎧の目の前に飛び込んだ。
鎧は頭上から登場した俺に動揺したように見えた。その隙を逃さず俺は続けざまに拳を叩き込む。
……少し違和感があった。「手応えの無さ」。物理的・気魄的両方で俺はその感を受け取った。
鎧が大振りに殴りかかってくる。俺は奴の右を軽く躱し、顔面と腹部にコンビネーションを浴びせる。攻撃は容易く鎧に到達した。……が、やはりそうだった。いくら打ち込んでも表面の堅い感触があるばかりで、衝撃が吸収されている感覚がある。何か仕掛けがあるようだった。
「ただの鎧ってわけじゃなさそうだな」
横から敵の猿が飛び掛かってくる。俺は足蹴で軽くそれをいなす。続いて背後から爪撃を仕掛けられるが、聴覚予知で回避し、腕をとって投げ飛ばす。
周囲の猿の相手をしている隙に、鎧は味方の背後に退いた。随分あっさり引き下がる。後を追おうと砂を踏み込みかけると、もつれあったユーメルヴィルとニミリが飛び込んできた。
2人は互いに上下を取り合いながら殴りあった。顎を打ち、肩を砕き、鼻梁を叩く。背後をついた敵の僧兵をユーメルヴィルが肘撃ちで沈める。ホールドのゆるみをついてニミリがユーメルヴィルを引きずり降ろす。
「その髪もっと紅くしてやるよ、若頭クン!」
止めに入った赤毛の腿を、舌打ちしてニミリがナイフで突き刺す。ユーメルヴィルが頭突きを浴びせる。
「順調そうだな?」
俺は僧兵たちを横ざまに撲り倒しながら、横目にユーメルヴィルに呼びかけた。
ニミリの刃を砂の上に反らしながら、ユーメルヴィルが返事をする。「ああ、全くだ!」
ユーメルヴィルが絡みをほどき、足裏でニミリの身体を蹴り除ける。跳ね出されつつもニミリの投げたナイフがユーメルヴィルの肩口に突き刺さる。皹の入った色眼鏡を押し上げ、ニミリは余裕気に笑う。ユーメルヴィルは悪態をつく。
「こいつ1人だったらなんとかなるが、グラムシも加わるとハードだ。連携をとられ出すと厄介だぞ」
グラムシは若頭衆を大振りの張り手で薙ぎ払っていた。一撃数人の野風を蹴散らしていく。俺は振り返る。
「分かった、交代だ! グラムシとニミリは俺が引き受ける。鎧と雑兵たちを払ってくれ。鎧は衝撃を吸収する。打撃は効果薄だから気を付けろ」
「囚われた連中は?」
俺はちらりと樹上を見やる。アテネと野風たちが蔦を懸命に引きちぎっていた。
「自力で脱出できそうだ! むしろあそこに居た方が安全ですらある」
「兵を余らせてる余裕はないからな?」
俺にバトンタッチしてユーメルヴィルが鎧の方に突っ込んでいく。俺も僧兵を弾き飛ばすとニミリに向き合った。
「何だよ、若頭クンはまたしても退散か?」
「相手を代えるだけだ。こちとらチームで戦ってるんでね」
「へっ、チームと来たかい」
ニミリは腰元に手を伸ばす。ベルト引き抜き、鞭のように放つ。目を凝らせば、鉄の編み込まれた薄い鎖だ。俺の腕に絡みつく。「俺たちの連携を超えてから言いな!」
鎖を引かれ、バランスが崩れる。ニミリの背後からグラムシが飛び出してくる。俺は鎖をぴんと張って盾にし、グラムシの打撃を受け止めた。殴打の衝撃で鉄のが二つに引きちぎれる。
「ふぅん」
グラムシは拳についた鉄くずを払いながら悠然と俺を見下ろした。
「やるねぇ。僕の拳をいなすか。鎖もわざと巻き付けたみたいだ」
「こっちこそ驚いたぜ。予測通りとはいえ鉄の鎖がこうも簡単に壊れるとはよ」
グラムシが無言で拳を突き出す。俺は顔を右に反らしつつ、予定通りニミリの武器を一つ破壊したことを確認し、鎖の切れ端を拳に巻き付ける。ニミリが側面に素早く回り込み、ナイフを突き出す。巻き付けた鎖で弾く。グラムシが掌底を乱れ打ち、ニミリが凶刃で空隙を引き裂く。密度の高い挟撃……、聴覚予知をフルに稼働して捌きまくる。
「面白れぇ! こいつ全然当たらないぜ!」
高笑いするニミリの腕を払い、足裏を腹筋にぶつける。弾き出されたニミリが、腹を擦って口角を上げる。
「グラムシの兄貴。やっぱりこいつ出来るみたいだぜ。その辺の下艘共とは違う」
「みたいだね。上手くこっちの攻撃を読んでくる。不意打ちは効きそうにない。……手数で押し切ろうか」
グラムシが踏み込んでくる。同時に側面から、矢継ぎ早にナイフが投擲される。
俺はナイフを爪で弾きながら、グラムシの連打に備える。聴覚予知で未来の打撃音を聞き分け、攻撃の筋を想定する。『顔面を狙って張り手、脇腹に大きく拳を振り抜く、躱した頭上に裏拳を落としてくる……』。俺は最初の3発を正確に回避する。
『頭上にニミリの投げた石礫……、右から敵兵の横槍』。敵の僧兵を掴んで上から飛んでくる瓦礫にぶつけると、俺はその陰からグラムシの腹に強烈なブローを打ち込んだ。
「!」
脂肪の塊に衝撃が殺される。グラムシが蠅を払うように腕を振り抜く。回避が遅れ、左腕に拳が衝突する。「……ッ」。距離をとる。左腕をへし折られた。俺は鼻から垂れた血を拭う。掠めただけでこれか……。
「良いね。あったまって来たよ」
グラムシが首を鳴らす。ニミリがほくそ笑みながら前に出てくる。
「俺にもやらせてくれよ」
ニミリがこん棒を背面から引き抜く。釘の打ちつけられた木製のこん棒だ。それなりに重量もありそうだった。
「ッハッハァ! 去ねやァ!」
『風を切る音』を頼りに棍棒の連撃を躱す。持ち手を器用に切り替えて効率的な動きで仕掛けてくる。だがキレは無い。薙ぎをくぐり棍棒を蹴り上げる。奴の腹に一撃。怯んだ。ここに追撃……。
追いの膝撃が届く前に、グラムシの巨大な手が俺の首根をむんずと掴んだ。そのまま横にぶん投げられる。砂の穴倉が派手に弾けた。
俺は呻きながら起き上がる。あばらが折れた。砂が緩衝材になってくれて助かったが、煉瓦塀だったら危かった。
「ましら! 無事かァ?」
ユーメルヴィルが鎧を爪裂きながら振り返る。
「どうにかな……!」
「こっちも手を貸せそうにない! こいつ馬鹿みたいに守りが堅え! 切っても切っても鎧が再生してきやがる!」
「植物を扱う能力じゃないか?」
俺は襲い掛かってくる猿たちを蹴り上げながら叫んだ。
「以前警備隊と交戦した時に出くわした。その軍警は蔓を操っていた」
「アイオラ族か! ってことはこいつ人間か?」
ユーメルヴィルの足を突如隆起した樹木が掬う。「うおッ!」よろけたユーメルヴィルを鎧がぎこちなく撲りつける。
「なんだァ? その温い拳は!」
ユーメルヴィルは僧兵を背負い投げると鎧の顔面を打ち据えた。
視界の端を影が横切る。俺は咄嗟に顔を引く。目の前を
「余所見はいけないねェ、救世主クン」
ニミリの追い打ちを低く躱し、膝蹴りで応戦する。
「その武器どこから取り出したんだ?」
「この村はもう俺のテリトリーだ。街中に仕込んでんだよ!」
砂を踏んだ俺の脚がずぼりと突き刺さる。落とし穴……! いや、それほど深くない。だが、致命的な隙を生んだ。
砂袋がもろに顔面をぶち抜く。震える視界の端からグラムシの拳が降ってくる。防御が十分に間に合わない。顔前に組んだ両腕ごと、俺の身体は地面に叩きつけられた。
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