第23話 西南連合 その2

 俺の予知に従って突入の準備が出来たのは、2日後だった。予知によれば敵が攻めてくるのがその翌日の明朝。東の道から敵将3人が大軍を引き連れてやって来る。したがって俺たちは2日目の夜半に闇討ちを仕掛けることにした。

 こちらは5小隊からなる数十人の部隊。各小隊長はユーメルヴィル、俺、ボアソナードと、腕の良い2人の野風である。アテネはボアソナードの班に回り、彼の補佐を務める。後方支援の班だ。

「ましら君」

 突入に向けて戦支度をしていると、リリが俺の部屋のドアをノックした。

「リリか。どうした?」

「お暇を告げようと思いましてー。帰路の確保ができたので、一旦診療所に帰ろうと思います」

「そうか……。あまり長く空けるわけにもいかないものな。北面のルートか?」

「ええ。幸い北面のリーダーの方とは有効な関係を築けています。私はあくまで中立の立ち位置ですから……、そう危険は無いと思います」

「リリは顔が広いな。でも護衛は付けた方が良い。すぐに手配するよ。……気をつけて」

「ましら君も」

 リリは少し心配そうな顔で俺を見た。薄い葵色の瞳が暗がりの中で揺れる。

「聞きましたよ。西南連合の陣営に夜襲を仕掛けるそうですね……。命は拾って帰ってきてください」

「心得た。……今日はまだ死ぬ日じゃないからな。ここを乗り切って西南の兵力を掌握したら……、次こそ樹海攻略だ。『悪い魔法使い』に挑む」

「健闘を祈ります」

 リリはふと思い出したように付け加える。

「次は撤退しないでくださいねー。私、自分の身くらい守れますから」

 リリが微笑む。俺は自分の内面を見透かされたようでドキリとする。俺のかすかに焦った顔を見ると、リリは耳元に口を寄せ、安心させるように囁いた。

「でも、嬉しかったですよ。少し」




 日が山間の狭間に沈み、スラムの空気を冷たくし始めた。小隊はそれぞれに神妙な面持ちで貧しい人混みの中を発った。

 東面の村への入り方はさすがにユーメルヴィルが詳しかった。守衛のいる正面の関所を避け、横合いの穴道から侵入する。足元に細微な緑の砂が纏わりついては離れる。

「ここだ」

 ユーメルヴィルが合図を送る。村の外延部への出口が見えた。俺は第六感に精神を結束させる。『2人の男が談笑しながら通り過ぎるが聞こえた』。俺はユーメルヴィルに告げる。

「10秒後、若い男が2人通りかかる。気楽に話し込んでいる。鉄の擦れる音がしないから多分非武装だ。見張りや巡回ではなく、単に移動している最中だな」

「状況から見て西南の奴らだな。捕えてグラムシたちの居所を吐かせよう」

 部下たちが素早く四方岩壁に張り付く。予知通り男たちが2人、連れだって通りかかった。無警戒に笑い声を飛ばす男たちの上に赤毛の野風が飛び掛かる。男たちは抵抗虚しく数秒で取り押さえられた。

 暴れる2人の額にアテネが催眠を吹きかける。男たちの眼が塩を掛けたナメクジのように緩慢になる。半睡の状態に落としたところで、ボアソナードが尋問を開始する。手際よく質問を重ね、敵将の居場所と兵の集中地帯を確認する。

「大体わかりました。敵は明日の中央襲撃に備えた決起集会のために移動中です。3人とも揃っているが、側近の猿たちも合流している。ついさっき陸橋を渡る姿を遠目に確認したと申しています」

「ならそろそろ砂丘の宅地巣のあたりか……。穴倉も多くて遮蔽物は十分だ。奇襲するには好機だ」

 各部隊別れ、若頭衆の野風の道案内にしたがって目立たぬ経路で砂丘を走り抜ける。

「確認しましょう。南面の勢力を率いるグラムシは巨大な体躯を活かした高い耐久力と重量のある攻撃が特徴です」

 合流したボアソナードが耳打ちした。

「動きも敏捷で一撃の威力が極めて高い。膂力だけならドストスペクトラ殿を凌ぐでしょう」

「回避をメインに組み立てる必要があるな」

 俺は遠くの足音を聞きつけ、後ろにサインを出す。堆積した砂の山に隠れ、様子を窺う。巨体のシルエットが写る。遠くの暗がりに敵軍の影を視認した。オールバックの色眼鏡の姿も見える。

「西面の長、ニミリは白兵戦の能力値はさほど高くありません。ただし武器の扱いに長じており、殺傷能力の高い凶器を使いこなします。肉弾戦の不利を補って余りある。奸計に長けた男で、戦闘時も器用な立ち回りをこなします。つまり実践においては奴もまた使い手の一人。油断は禁物です」

 俺は敵の数をざっと把握する。凡そ50人……。こちらの手勢と同じ程度だ。だがこの通路の先の砂州には千を超える大群が待ち構えている。ここで仕留めなければならない……。

「妙ね」

 アテネが俺を制止する。皆の視線がアテネに募る。

「緑衣の鬼の姿が見えないわ。報告によれば、強靭な葉を編み込んだ緑の鎧で全身を覆っていたそうじゃない。そんな目立つ奴がこの距離で見つからないなんて……」

 『木の枝を踏み潰す乾いた音が、背後に生じた』。

 俺は反射的に街路に飛び出す。次の瞬間、足元から樹木が猛烈な勢いで繁茂し、木の枝で堅牢な檻を形成した。突然の草木の出現に、敵陣が反応するのを感じる。

 しかし俺は目の前に現れた緑鎧の男、敵将の一人に警戒を払った。

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